| 患者さんをサポートされてるみなさんへ、ご苦労様です。
DMだからといって、特別扱いしないことです。甘えたり、ゴネたりしますから
確かに心配でしょうが、サポートされてる方の人生まで賭ける必要ないですよ、患者自身にはなれないので、余計、気つかうと思いますが。
但し、患者が低血糖や高血糖など、患者の自覚がなくなる場合だけは、厳重に注意してください!
具体的には、アメとムチでうまく、かわしながら、見守る、このスタンスしかないと思います。辛いときもあるでしょうが、笑顔ですって、サポートする人と患者が一緒に悩んでもしかたないですよ、悩めば悩むほど、いい結果になりませんから。DM生活を、ふっとばす。そのぐらいの感じで、サポートしなければ、長続きしませんから、サポートされてる方より案外、患者のほうがノーテンキだったりしますから、寝る、食う、それにインスリンがプラスになっただけ、食べさせちゃいけないとか、運動しなさいとかいっても、やらない人はしませんし、性格だったりしますから、なら、どうするかというと、おどしたって無駄だったりしますから、犬と同じように、餌あげれなければスネますから、すこしずつ減らす。散歩つれていかなければ、仕方なしに自分から散歩します。ただ、人間の場合、お財布の紐にぎってるほうが勝ちなので(独身や女性の方は・・・・は両親など)、お金と食べ物というアメとムチ、これほどこたえるものないですからうまく使うといいですよ。現実問題、医者でもわからない(食べられないカロリー)食品交換表とにらめっこするより、基本だけ覚えて、むつかしくかんがえないことです。長い長い、闘病ですから、あくまで闘病は患者です、それをサポートされる方々まで、「病」になっては、ミイラとりがミイラになるようなものです患者の人生は患者が考えるのであってサポートはサポート(お手伝い)なのですから、応援する。サポートに徹する、ことだけではないでしょうか?
人それぞれですから、応援度合いは違いますが、空気のような存在にDMをもっていく、あくまで自然体だと思います。
DMと偕老同穴
医者は死を冷静にみられる唯一の人格者だと思います、そして以下の内容は、真摯にDM治療をされておられる医療者(
(*)未来を考えておられる多くの厚生労働省さん及び病院勤務者、医療、製薬、治験、器具メーカーなど、医療、介護にかかわるすべての方々も含みます )に対して、わずかの心無い医療者(*)
のために医療の不信感をもたざるをえないことに対する内容です。正当な治療行為と正当な収入を得ておられる、医療者に最初にお詫び申し上げます。
医療者の正確さと、死をみておられる、その冷静さが医者(医療者)の常識、医者(医療者)の非常識、患者(家族)の常識、患者(家族)の非常識、合理化と非合理、そんな所からみつめてほしいものです。
DM患者さんが、血液検査のために3日ぐらい食事をぬいたら意味がないですが、医療者はその行為を馬鹿にしていませんか(医の常識)
患者は、すこしでも良い結果がだしたいという考え(患者の常識)
それを、説明すれば、誤解はとけるのに、患者と医療者が、お互い不信感をもって接してませんか?
治療で一番、はらが立つのは、たくさん患者さんをみなければいけないのは重々わかっていても、患者は前回お医者さんから言われたこと覚えていますから、違うこと言われて、医者も人間とわかっていても、はら立ちます。医療不信の始まりはそんな所からではないでしょうか。DM治療だけでなく、本当の信頼は人間と人間の会話だったりしませんか?
思うに医療改革は、病院、医療者、から、差別をみなおしてみませんか?
大学などで低賃金で研究されてる研究医など、敬意をはらわれているのでしょうか?
研修医から責任者(部長)まで「先生、先生 、これはおかしいです」
なぜ、「○○先生御机下御中」といまだに、こんな紹介状かいてるのですか?
正看護婦さんが准看護婦さんを奴隷のように扱われていて、医者はなぜ平気でいられるのですか?
医学部合格して医師資格(国家試験合格)しても、医者にならないのはなぜですか?
なぜ女医さんが日本では極端に少ないのですか(合格率、男女同じ)
国家試験、何回も不合格なのに、何年も何年も医学部に在籍させてるのですか?
なぜ、医師という生命を預かるお仕事が、1度国家試験に合格するだけで永久資格なのですか?<運転免許証ですら適正検査ありますよ>
医療廃棄物を不法投棄されて、業者の責任にしてませんか?(それを指摘してこそ名誉あるお仕事だと思います)
これらは、個人の問題になすりつける性質ではありません!!
私はこれらのことを「医の常識、医の非常識」と思います
同じく「患者の常識、非常識」の場合は、患者が必要以上、薬のんだら叱ることぐらいしてほしいのです。
本当に真摯に治療されてる医療者さんには以上のたわごとは失礼しました
後、DMばかりではなく「毛細血管の老化予防が合併症予防」だと思いますので高血圧、高脂血症、コレステロール、肥満、などの注意もぜひ薬をだすだけではなく説明してくだると幸いです。(シンドロームX対策)
DM治療は、当然西洋医学にもとずく、インスリンなどを前提にしながら一生の治療ということから、ホリスティクの分野(ホスピスから経絡、根拠のある漢方などの有効性の治験のあるものの利用も痛感します。
さて、DMの話しですが、欧米のDMの主流治療のように3ヶ月に1回の医師の治療、超速攻型と超遅攻型インスリン治療や、分食療法など、定期的な栄養士や運動療法士による定期カウンセリング(日本人なら森田療法など精神面のケアの必要性もあると思います)
(欧米では医師の具体的管理指導指示義務が主流)(但し支払能力や病態により様々ですが>欧米)
医療者がDM食は健康食と言われますが、健康食なら、医療者はDM食のみを一生食べられますか、医療者すらできない押付けはありませんか?
現実的な、病院の延長戦(9時就寝、6時起床、栄養管理ができる専門家の食事)は、現実生活では、非現実的だと思います(食品交換表はいいと思いますが、難解さと、1品が少量なので、まともに家庭で料理したら、普通の食事の2倍ぐらい材料費がかかるように思います(家庭のあるかたは、家族も気をつかい、DM患者さんだけ、別につくらざるをえない現実など)理解してほしいです
日本の場合、管理料や指導料とるのなら、強制力のある「食事療法指導義務」「運動療法指導義務」「精神カウンセリングの義務」「家族などへの低血糖などの説明義務」これらができないのなら、
管理、指導、料のみは。あえて(混合診療もやむえをえず)競争原理が働くように 「患者負担による保険外自由診療」を私は切望します
また、ホリスティクな分野、経絡や漢方、などの非西洋医学の模索や
ホスピスなど、長い患者のDMにたいする、人生観と人間の尊厳を考えた長期療養なども、補助的な治療に組いれてほしいと痛感します。
ここからは、患者同士のつまらない愚痴です。このような些細なこと書かないといけないのは辛いですが
売店はどこもDM甘味料はマービーばかりですし。自動販売機は、製薬つくってる、ヤクルトと明治だったり。
女の子は、なぜ大きな病院になぜいくかというと、敏感ですからね、まず、スリッパ、脱ぎたてのスリッパはけません。ましてやトイレで尿検査しにいって、下駄におしっこのあとがタラリそして、トイレから出ようとしたら、おじいさんが私のスリッパはいてしまい、スリッパで、3重感染した気分です。診察室はいれば丸イスに並んで、中の会話つつぬけ、ましてや看護婦さんがでてきて、中がどんな状態だろうが、診察うけていても、声が外にもれたりみらえないかと気がきで本音いえなかったり、ましてや若い女の子は、きたくないでしょうね。
<本来、なんでも顔色だけでわかるような開業医が食えなくなってしまってるのでしょうか?堂々と町の命を守る方はベンツに乗られてそれでいて医師は、尊敬されていた時代はこないのでしょうか?
>
注射うつのに痛いのはあたりまえ、看護婦さんの掛け声一発<いくわよ
>これで痛さ10倍、患者というのはセコいので、お医者さんがいくら良くても、つまらないとこで評価おとしていませんか?
入院しててもDM患者さんには品祖風食事で、詰め所でドーナツたべられては、看護婦さんはDMではないとわかっていても説得力なくなったりしてませんか?
会計で中の扉がひらいて中みたらサル山状態で、待ちに待ってる患者さんはいい気分しません。
現実的に夜9時消灯、朝6時、起床、生活感のない擬似体験させてませんか?
深夜おかしくなっても詰め所には看護婦さん2人だけで、お隣の患者さんがヒーヒー深夜、スイッチ押してもなかなかこなかったり、可哀想でした。
冷蔵庫がないとか、テレビが1ヶ月入院したら丸ごと買える金額だったりしませんか?
プライバシーはないのに盗難されて監視するなら財布の監視もしてくれと、などなど色々あります。
案外、患者がもとめてるのは人間として扱ってほしいのです。しかし本当に真剣に治療されてる医療者は患者自身が知ってるのですよ。
心のかよった冷静な判断と心のケア
それが医療ではないでしょうか?
「病態の重さと精神的苦痛は比例しない」
「病気は努力と治療結果は比例しない」
しかし努力しなければ「死」しかありません!
自分の未来は自分でみつける、それだけだったりします。
まず、己を知ることです。ひらたくいえば、DM治療は、頭でおぼえきれません本を読んでもなかなか思い出せません、学校でも、そこで覚えた学問より卒業して残った人間関係や思い出のほうが大切なように。ですが算数ができないと困るように、DMの最低限は覚えましょう。そして他人事ではないので、他力本願ではダメです。自力本願です。ただ人間はそうはいっても、頼る時は、頼りましょう。
ただ必ず理解ある方に病態を説明をして、低血糖対策など、イザのときわかるようにしてください。
そして、医療者や、家族などサポートされてる方々に「嘘」をつかないことです。
私のような、患者にいわれても説得力ないですが、せめて病院はいってください。お金ない(もったいない)からといっても、行かないとダメですよ。メンドーだから行かない、これもだめです。お薬は時間どうり飲んだり、注射しましょう。手抜きが命取りです。食べ物にどうしても執着しちゃいますが、食べ過ぎないようにしましょう。慣れることですから、DM食を偉そうに健康食とはいいません。(医療者でも毎日食べつずけられるはずのない料理のおしつけ=DM食)
うな丼大盛り、食べたいです。頭で悩むからいけないので、食べちゃうそして、失敗、失敗と体で覚える、その繰り返しです。長い人生、1個のケーキで悔やんだって仕方ないです。悩んだだけストレスたまります。血糖だって値で一喜一憂するから、悩むのです。矛盾するようですが、いかにDMを長い目でみられるかではないでしょうか。長い人生、寝て暮らすのと、色々思い出つくるのとでは思い出作ったほうがいいように。
DMだって、好い時があるから悪い時がわかるのですから。いわゆる経験です。たとえばコントロールが悪いと体には栄養たっぷりですから皮膚カビちゃいます。カビたらいけないという経験です。規制するから反発すると同じことです。ただ人生と違うのは、合併症という良くならなくなることがあるという事だけ覚えるだけだったりします。人それぞれですが、いかに受け入れるかですDMという病態を、病気を否定したところで病というのは追っかけてきますから、病気とお付き合いすることを受け入れる、そして自分のものにして、自分で判断して、うな丼の大盛り、食べちゃう、ことができるかどうかです。
極論ですが、できないのにできるフリするからダメなんです。できて、しない(または、しちゃう)そのような「底力」を身につけましょう。見栄はらないことです。病院で血液検査の前日、食事抜いたりする。自分を騙してどうする(医者を騙してるのではなく実は自分を騙してることに気がついてほしいです)いかにDMを自分のものにするか、本当にそれだけではないでしょうか。
理想ですが患者さん同士で気軽にHba1cを言えるといいですね、そしてDMであることを話せる自分がうれしく思えるようになるといいですね。それから低血糖についてなどなど話せる、DMの世界から日常の世界と一体となるといいですね
DMは体で覚える
そして・・・・・・・
DMという病気が(すべての病が)
この世界からなくなること
を夢みたいと思います
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