扶氏医戒之略
(ふしいかいのりゃく)

主に医療者へ

一、医の世に生活するは人の為のみ、おのれがためにあらずということを其業の本旨とす。安逸を思はず、名利を顧みず、唯おのれをすてて人を救はんことを希ふべし。人の生命を保全し、人の疾病を復治し、人の患苦を寛解するの外他事あるものにあらず。

一、病者に対しては唯病者を見るべし。貴賤貧富を顧ることなかれ。長者一握の黄金を以て貧士双眼の感涙に比するに、其心に得るところ如何ぞや。深く之を思ふべし。

一、其術を行ふに当ては病者を以て正鵠とすべし。決して弓矢となすことなかれ。固執に僻せず、漫試を好まず、謹慎して、眇看細密ならんことをおもふべし。

一、学術を研精するの外、尚言行に意を用いて病者に信任せられんことを求むし。然りといへども、時様の服飾を用ひ、詭誕の奇説を唱へて、聞達を求むるは大に恥るところなり。

一、毎日夜間に方て更に昼間の病按を再考し、詳に筆記するを課定とすべし。積一書を成せば、自己の為にも病者のためにも広大の裨益あり。

一、病者を訪ふは、疎漏の数診に足を労せんより、寧一診に心を労して細密ならんことを要す。然れども自尊大にして屡々診察することを欲せざるは甚だ悪むべきなり。

一、 不治の病者も仍其患苦を寛解し、其生命を保全せんことを求むるは、医の職務なり。棄てて省みざるは人道に反す。たとひ救ふこと能はざるも、之を慰するは仁 術なり。片時も其命を延べんことを思ふべし。決して其不起を告ぐべからず。言語容姿みな意を用ひて、之を悟らしむることなかれ。

一、病者の費用少なからんことを思ふべし。命を与ふとも、其命を繋ぐの資を奪はば、亦何の益かあらん。貧民に於ては茲に斟酌なくんばあらず。

一、 世間に対して衆人の好意を得んことを要すべし。学術卓絶すとも、言行厳格なりとも、斎民の信を得ざれば、其徳を施すによしなし。周く俗情に通ぜざるべから ず。殊に医は人の身命を依托し、赤裸を露呈し、最密の禁秘をも白し、最辱の懺悔をも状せざること能はざる所なり。常に実温厚を旨として、多言ならず、沈黙 ならんことを主とすべし。博徒、酒客、好色、貪利の名なからんことは素より論を俟ず。

一、 同業の人に対しては之を敬し、之を愛すべし。たとひしかること能はざるも、勉めて忍ばんことを要すべし。決して他医を議することなかれ。人の短をいうは、 聖賢の堅く戒むる所なり。彼が過を挙ぐるは、小人の凶徳なり。人は唯一朝の過を議せられて、おのれ生涯の徳を損す。其徳失如何ぞや。各医自家の流有て、又 自得法あり。漫に之を論ずべからず。老医は敬重すべし。少輩は親愛すべし。人もし前医の得失を問ふことあらば、勉めて之を得に帰すべく、其治法の当否は現 病を認めざるに辞すべし。

一、治療の商議は会同少なからんことを要す。多きも三人に過ぐべからず。殊によく其人を択ぶべし。只管病者の安全を意として、他事を顧みず、決して争議に及ぶことなかれ。

一、 病者曽て依托せる医を舎て、窃に他医に商ることありとも、漫りに其謀に与かるべからず。先其医に告げて、其説を聞くにあらざれば、従事することなかれ。然 りといへども、実に其誤治なることを知て、之を外視するは亦医の任にあらず。殊に危険の病に在ては遅疑することあることなかれ。
 

右件十二章は扶氏遺訓巻末に附する所の医戒の大要を抄訳せるなり。書して二三子に示し、亦以て自警と云爾。

安政丁巳春正月  公裁謹誌  緒方章印

                             


扶氏医戒之略と養生訓の医療者と患者の妥協点をさぐりましょう



参考文献
養生訓

中村学園版


主に患者さんへ


総論上

(101) 人の身は父母を本とし天地を初とす。天地父母のめぐみをうけて生まれ、又養はれたるわが身なれば、わが私の物にあらず。天地のみたまもの(御賜物)、父母 の残せる身なれば、つつしんでよく養ひて、そこなひやぶらず、天年を長くたもつべし。是天地父母につかへ奉る孝の本也。身を失ひては、仕ふべきやうなし。 わが身の内、少なる皮はだへ(皮膚)、髪の毛だにも、父母にうけたれば、みだりにそこなひやぶるは不孝なり。況(いわんや)大なる身命を、わが私の物とし て慎まず、飲食・色慾を恣(ほしいまま)にし、元気をそこなひ病を求め、生付たる天年を短くして、早く身命を失ふ事、天地父母へ不孝のいたり、愚なる哉。 人となりて此世に生きては、ひとへに父母天地に孝をつくし、人倫の道を行なひ、義理にしたがひて、なるべき程は寿福をうけ、久しく世にながらへて、喜び楽 みをなさん事、誠に人の各願ふ処ならずや。此如くならむ事をねがはば、先(まず)、古の道をかうが(考)へ、養生の術をまなんで、よくわが身をたもつべ し。是人生第一の大事なり。人身は至りて貴とくおもくして、天下四海にもかへがたき物にあらずや。然るにこれを養なふ術をしらず、慾を恣にして、身を亡ぼ し命をうしなふ事、愚なる至り也。身命と私慾との軽重をよくおもんぱかりて、日々に一日を慎しみ、私慾の危をおそるる事、深き淵にのぞむが如く、薄き氷を ふむが如くならば、命ながくして、ついに殃(わざわい)なかるべし。豈(あに)、楽まざるべけんや。命みじかければ、天下四海の富を得ても益なし。財の山 を前につんでも用なし。然れば道にしたがひ身をたもちて、長命なるほど大なる福なし。故に寿(いのちなが)きは、尚書(=書経)に、五福の第一とす。是万 福の根本なり。

(102)万の事つとめてやまざれば、必(ず)しるし(験)あり。たとへ ば、春たねをまきて夏よく養へば、必(ず)秋ありて、なりはひ多きが如し。もし養生の術をつとめまなんで、久しく行はば、身つよく病なくして、天年をたも ち、長生を得て、久しく楽まん事、必然のしるしあるべし。此理うたがふべからず。

(103) 園に草木をうへて愛する人は、朝夕心にかけて、水をそそぎ土をかひ、肥をし、虫を去て、よく養ひ、其さかえを悦び、衰へをうれふ。草木は至りて軽し。わが 身は至りて重し。豈我身を愛する事草木にもしかざるべきや。思はざる事甚し。夫養生の術をしりて行なふ事、天地父母につかへて孝をなし、次にはわが身、長 生安楽のためなれば、不急なるつとめは先さし置て、わかき時より、はやく此術をまなぶべし。身を慎み生を養ふは、是人間第一のおもくすべき事の至(り) 也。

(104)養生の術は、先(ず)わが身をそこなふ物を去べし。身をそこなふ 物は、内慾と外邪となり。内慾とは飲食の慾、好色の慾、睡の慾、言語をほしゐままにするの慾と、喜・怒・憂・思・悲・恐・驚の七情の慾を云。外邪とは天の 四気なり。風・寒・暑・湿を云。内慾をこらゑて、すくなくし、外邪をおそれてふせぐ、是を以(て)、元気をそこなはず、病なくして天年を永くたもつべし。

(105) 凡(およそ)養生の道は、内慾をこらゆるを以(て)本とす。本をつとむれば、元気つよくして、外邪をおかさず。内慾をつつしまずして、元気よはければ、外 邪にやぶれやすくして、大病となり天命をたもたず。内慾をこらゆるに、其(の)大なる条目は、飲食をよき程にして過さず。脾胃をやぶり病を発する物をくら はず。色慾をつつしみて精気をおしみ、時ならずして臥さず。久しく睡る事をいましめ、久しく安坐せず、時々身をうごかして、気をめぐらすべし。ことに食後 には、必数百歩、歩行すべし。もし久しく安坐し、又、食後に穏坐し、ひるいね、食気いまだ消化せざるに、早くふしねぶれば、滞りて病を生じ、久しきをつめ ば、元気発生せずして、よはくなる。常に元気をへらす事をおしみて、言語をすくなくし、七情をよきほどにし、七情の内にて取わき、いかり、かなしみ、うれ ひ思ひをすくなくすべし。慾をおさえ、心を平にし、気を和(やわらか)にしてあらくせず、しづかにしてさはがしからず、心はつねに和楽なるべし。憂ひ苦む べからず。是皆、内慾をこらえて元気を養ふ道也。又、風寒暑湿の外邪をふせぎてやぶられず。此内外の数(あまた)の慎は、養生の大なる条目なり。是をよく 慎しみ守るべし。

(106)凡(すべて)の人、生れ付たる天年はおほくは長し。 天年をみじかく生れ付たる人はまれなり。生れ付て元気さかんにして、身つよき人も、養生の術をしらず、朝夕元気をそこなひ、日夜精力をへらせば、生れ付た る其年をたもたずして、早世する人、世に多し。又、天性は甚(はなはだ)虚弱にして多病なれど、多病なる故に、つつしみおそれて保養すれば、かへつて長生 する人、是又、世にあり。此二つは、世間眼前に多く見る所なれば、うたがふべからず。慾を恣にして身をうしなふは、たとえば刀を以て自害するに同じ。早き とおそきとのかはりはあれど、身を害する事は同じ。

(107) 人の命は我にあり、天にあらずと老子いへり。人の命は、もとより天にうけて生れ付たれども、養生よくすれば長し。養生せざれば短かし。然れば長命ならん も、短命ならむも、我心のままなり。身つよく長命に生れ付たる人も、養生の術なければ早世す。虚弱にて短命なるべきと見ゆる人も、保養よくすれば命長し。 是皆、人のしわざなれば、天にあらずといへり。もしすぐれて天年みじかく生れ付たる事、顔子などの如なる人にあらずむば、わが養のちからによりて、長生す る理也。たとへば、火をうづみて炉中に養へば久しくきえず。風吹く所にあらはしおけば、たちまちきゆ。蜜橘をあらはにおけば、としの内をもたもたず、もし ふかくかくし、よく養なへば、夏までもつがごとし。

(108)人の元気は、もと 是天地の万物を生ずる気なり。是人身の根本なり。人、此気にあらざれば生ぜず。生じて後は、飲食、衣服、居処の外物の助によりて、元気養はれて命をたも つ。飲食、衣服、居処の類も、亦、天地の生ずる所なり。生るるも養はるるも、皆天地父母の恩なり。外物を用て、元気の養とする所の飲食などを、かろく用ひ て過さざれば、生付たる内の元気を養ひて、いのちながくして天年をたもつ。もし外物の養をおもくし過せば、内の元気、もし外の養にまけて病となる。病おも くして元気つくれば死す。たとへば草木に水と肥との養を過せば、かじけて枯るるがごとし。故に人ただ心の内の楽を求めて、飲食などの外の養をかろくすべ し。外の養おもければ、内の元気損ず。

(109)養生の術は先(ず)心気を養ふ べし。心を和にし、気を平らかにし、いかりと慾とをおさへ、うれひ、思ひ、をすくなくし、心をくるしめず、気をそこなはず、是心気を養ふ要道なり。又、臥 す事をこのむべからず。久しく睡り臥せば、気滞りてめぐらず。飲食いまだ消化せざるに、早く臥しねぶれば、食気ふさがりて甚(はなはだ)元気をそこなふ。 いましむべし。酒は微酔にのみ、半酣をかぎりとすべし。食は半飽に食ひて、十分にみ(満)つべからず。酒食ともに限を定めて、節にこゆべからず。又、わか き時より色慾をつつしみ、精気を惜むべし。精気を多くつひやせば、下部の気よはくなり、元気の根本たへて必(ず)命短かし。もし飲食色慾の慎みなくば、日 々補薬を服し、朝夕食補をなすとも、益なかるべし。又風・寒・暑・湿の外邪をおそれふせぎ、起居・動静を節にし、つつしみ、食後には歩行して身を動かし、 時々導引して腰腹をなですり、手足をうごかし、労動して血気をめぐらし、飲食を消化せしむべし。一所に久しく安坐すべからず。是皆養生の要なり。養生の道 は、病なき時つつしむにあり。病発(おこ)りて後、薬を用ひ、針灸を以(て)病をせむるは養生の末なり。本をつとむべし。

(110) 人の耳・目・口・体の見る事、きく事、飲食ふ事、好色をこのむ事、各其このめる慾あり。これを嗜慾と云。嗜慾とは、このめる慾なり。慾はむさぼる也。飲食 色慾などをこらえずして、むさぼりてほしゐままにすれば、節に過て、身をそこなひ礼儀にそむく。万の悪は、皆慾を恣(ほしいまま)にするよりおこる。耳・ 目・口・体の慾を忍んでほしゐまゝにせざるは、慾にかつの道なり。もろもろの善は、皆、慾をこらえて、ほしゐまゝにせざるよりおこる。故に忍ぶと、恣にす るとは、善と悪とのおこる本なり。養生の人は、ここにおゐて、専ら心を用ひて、恣なる事をおさえて慾をこらゆるを要とすべし。恣の一字をさりて、忍の一字 を守るべし。

(111)風・寒・暑・湿は外邪なり。是にあたりて病となり、死ぬ るは天命也。聖賢といへど免れがたし。されども、内気実してよくつつしみ防がば、外邪のおかす事も亦まれなるべし。飲食色慾によりて病生ずるは、全くわが 身より出る過也。是天命にあらず、わが身のとがなり。万の事、天より出るは、ちからに及ばず。わが身に出る事は、ちからを用てなしやすし。風・寒・暑・湿 の外邪をふせがざるは怠なり。飲食好色の内慾を忍ばざるは過なり。怠と過とは、皆慎しまざるよりおこる。

(112) 身をたもち生を養ふに、一字の至れる要訣あり。是を行へば生命を長くたもちて病なし。おやに孝あり、君に忠あり、家をたもち、身をたもつ。行なふとしてよ ろしからざる事なし。其一字なんぞや。畏(おそるる)の字是なり。畏るるとは身を守る心法なり。事ごとに心を小にして気にまかせず、過なからん事を求め、 つねに天道をおそれて、つつしみしたがひ、人慾を畏れてつつしみ忍ぶにあり。是畏るるは、慎しみにおもむく初なり。畏るれば、つつしみ生ず。畏れざれば、 つつしみなし。故に朱子、晩年に敬の字をときて曰、敬は畏の字これに近し。

(113)養生の害二あり。元気をへらす一なり。元気を滞(とどこお)らしむる二也。飲食・色慾・労動を過せば、元気やぶれてへる。飲食・安逸・睡眠を過せば、滞りてふさがる。耗(へる)と滞ると、皆元気をそこなふ。

(114)心は身の主也。しづかにして安からしむべし。身は心のやつこ(奴)なり。うごかして労せしむべし。心やすくしづかなれば、天君ゆたかに、くるしみなくして楽しむ。身うごきて労すれば、飲食滞らず、血気めぐりて病なし。

(115)凡(およそ)薬と鍼灸を用るは、やむ事を得ざる下策なり。飲食・色慾を慎しみ、起臥を時にして(:規則正しく)、養生をよくすれば病なし。腹中 の痞満(ひまん:腹がつかえてはること)して食気つかゆる人も、朝夕歩行し身を労動して、久坐・久臥を禁ぜば、薬と針灸とを用ひずして、痞塞(ひさい:腹 がつかえて通じがないこと)のうれひなかるべし。是上策とす。薬は皆気の偏なり。参ぎ(115)(じんぎ:薬用人参)・朮甘(じゅつかん)の上薬といへど も、其病に応ぜざれば害あり。況(いわんや)中・下の薬は元気を損じ他病を生ず。鍼は瀉ありて補なし。病に応ぜざれば元気をへらす。灸もその病に応ぜざる に妄に灸すれば、元気をへらし気を上す。薬と針灸と、損益ある事かくのごとし。やむ事を得ざるに非ずんば、鍼・灸・薬を用ゆべからず。只、保生の術を頼む べし。

(116) 古の君子は、礼楽をこのんで行なひ、射・御を学び、力を労動し、詠歌・舞踏して血脈を養ひ、嗜慾を節にし心気を定め、外邪を慎しみ防て、かくのごとくつね に行なへば、鍼・灸・薬を用ずして病なし。是君子の行ふ処、本をつとむるの法、上策なり。病多きは皆養生の術なきよりおこる。病おこりて薬を服し、いたき 鍼、あつき灸をして、父母よりうけし遺体(ゆいたい)にきずつけ、火をつけて、熱痛をこらえて身をせめ病を療(いや)すは、甚(はなはだ)末の事、下策な り。たとへば国をおさむるに、徳を以すれば民おのづから服して乱おこらず、攻め打事を用ひず。又保養を用ひずして、只薬と針灸を用ひて 病をせむるは、たとへば国を治むるに徳を用ひず、下を治むる道なく、臣民うらみそむきて、乱をおこすをしづめんとて、兵を用ひてたたかふが如し。百たび 戦って百たびかつとも、たつと(尊)ぶにたらず。養生をよくせずして、薬と針・灸とを頼んで病を治するも、又かくの如し。

(117) 身体は日々少づつ労動すべし。久しく安坐すべからず。毎日飯後に、必ず庭圃の内数百足しづかに歩行すべし。雨中には室屋の内を、幾度も徐行すべし。此如く 日々朝晩(ちょうばん)運動すれば、針・灸を用ひずして、飲食・気血の滞なくして病なし。針灸をして熱痛甚しき身の苦しみをこらえんより、かくの如くせば 痛なくして安楽なるべし。

(118)人の身は百年を以(て)期(ご)とす。上寿 は百歳、中寿は八十、下寿は六十なり。六十以上は長生なり。世上の人を見るに、下寿をたもつ人すくなく、五十以下短命なる人多し。人生七十古来まれなり、 といへるは、虚語にあらず。長命なる人すくなし。五十なれば不夭と云て、わか死にあらず。人の命なんぞ此如くみじかきや。是、皆、養生の術なければなり。 短命なるは生れ付て短きにはあらず。十人に九人は皆みづからそこなへるなり。ここを以(て)、人皆養生の術なくんばあるべからず。

(119) 人生五十にいたらざれば、血気いまだ定まらず。知恵いまだ開けず、古今にうとくして、世変になれず。言あやまり多く、行悔多し。人生の理も楽もいまだしら ず。五十にいたらずして死するを夭(わかじに)と云。是亦、不幸短命と云べし。長生すれば、楽多く益多し。日々にいまだ知らざる事をしり、月々にいまだ能 せざる事をよくす。この故に学問の長進する事も、知識の明達なる事も、長生せざれば得がたし。ここを以(て)養生の術を行なひ、いかにもして天年をたも ち、五十歳をこえ、成べきほどは弥(いよいよ)長生して、六十以上の寿域に登るべし。古人長生の術ある事をいへり。又、「人の命は我にあり。天にあらず」 ともいへれば、此術に志だにふかくば、長生をたもつ事、人力を以いかにもなし得べき理あり。うたがふべからず。只気あらくして、慾をほしゐままにして、こ らえず、慎なき人は、長生を得べからず。

(120)およそ人の身は、よはくもろ くして、あだなる事、風前の燈火(とぼしび)のきえやすきが如し。あやうきかな。つねにつつしみて身をたもつべし。いはんや、内外より身をせむる敵多きを や。先飲食の欲、好色の欲、睡臥の欲、或(は)怒、悲、憂を以(て)身をせむ。是等は皆我身の内よりおこりて、身をせむる欲なれば、内敵なり。中につゐて 飲食・好色は、内欲より外敵を引入る。尤おそるべし。風・寒・暑・湿は、身の外より入て我を攻る物なれば外敵なり。人の身は金石に非ず。やぶれやすし。況 (や)内外に大敵をうくる事、かくの如にして、内の慎、外の防なくしては、多くの敵にかちがたし。至りてあやうきかな。此故に人々長命をたもちがたし。用 心きびしくして、つねに内外の敵をふせぐ計策なくむばあるべからず。敵にかたざれば、必せめ亡されて身を失ふ。内外の敵にかちて、身をたもつも、其術をし りて能(く)ふせぐによれり。生れ付たる気つよけれど、術をしらざれば身を守りがたし。たとへば武将の勇あれども、知なくして兵の道をしらざれば、敵にか ちがたきがごとし。内敵にかつには、心つよくして、忍の字を用ゆべし。忍はこらゆる也。飲食・好色などの欲は、心つよくこらえて、ほしいままにすべから ず。心よはくしては内欲にかちがたし。内欲にかつ事は、猛将の敵をとりひしぐが如くすべし。是内敵にかつ兵法なり。外敵にかつには、畏の字を用て早くふせ ぐべし。たとへば城中にこもり、四面に敵をうけて、ゆだんなく敵をふせぎ、城をかたく保が如くなるべし。風・寒・暑・湿にあはば、おそれて早くふせぎしり ぞくべし。忍の字を禁じて、外邪をこらえて久しくあたるべからず。古語に「風を防ぐ事、箭を防ぐが如くす」といへり。四気の風寒、尤おそるべし。久しく風 寒にあたるべからず。凡(そ)是外敵をふせぐ兵法なり。内敵にかつには、けなげにして、つよくかつべし。外敵をふせぐは、おそれて早くしりぞくべし。けな げなるはあしし。

(121)生を養ふ道は、元気を保つを本とす。元気をたもつ道 二あり。まづ元気を害する物を去り、又、元気を養ふべし。元気を害する物は内慾と外邪となり。すでに元気を害するものをさらば、飲食・動静に心を用て、元 気を養ふべし。たとへば、田をつくるが如し。まづ苗を害する莠(はぐさ)を去て後、苗に水をそそぎ、肥をして養ふ。養生も亦かくの如し。まづ害を去て後、 よく養ふべし。たとへば悪を去て善を行ふがごとくなるべし。気をそこなふ事なくして、養ふ事を多くす。是養生の要なり。つとめ行なふべし。

(122) およそ人の楽しむべき事三あり。一には身に道を行ひ、ひが事なくして善を楽しむにあり。二には身に病なくして、快く楽むにあり。三には命ながくして、久し くたのしむにあり。富貴にしても此三の楽なければ、まことの楽なし。故に富貴は此三楽の内にあらず。もし心に善を楽まず、又養生の道をしらずして、身に病 多く、其はては短命なる人は、此三楽を得ず。人となりて此三楽を得る計なくんばあるべからず。此三楽なくんば、いかなる大富貴をきはむとも、益なかるべ し。

(123)天地のよはひは、邵尭夫(しょうぎょうふ)の説に、十二万九千六 百年を一元とし、今の世はすでに其半に過たりとなん。前に六万年あり、後に六万年あり。人は万物の霊なり。天地とならび立て、三才と称すれども、人の命は 百年にもみたず。天地の命長きにくらぶるに、千分の一にもたらず。天長く地久きを思ひ、人の命のみじかきをおもへば、ひとり愴然としてなんだ下れり。かか るみじかき命を持ながら、養生の道を行はずして、みじかき天年を弥(いよいよ)みじかくするはなんぞや。人の命は至りて重し。道にそむきて短くすべから ず。

(124)養生の術は、つとむべき事をよくつとめて、身をうごかし、気をめ ぐらすをよしとす。つとむべき事をつとめずして、臥す事をこのみ、身をやすめ、おこたりて動かさざるは、甚(だ)養生に害あり。久しく安坐し、身をうごか さざれば、元気めぐらず、食気とどこほりて、病おこる。ことにふす事をこのみ、ねぶり多きをいむ。食後には必(かならず)数百歩歩行して、気をめぐらし、 食を消すべし。ねぶりふすべからず。父母につかへて力をつくし、君につかへてまめやかにつとめ、朝は早くおき、夕はおそくいね、四民ともに我が家事をよく つとめておこたらず。士となれる人は、いとけなき時より書をよみ、手を習ひ、礼楽をまなび、弓を射、馬にのり、武芸をならひて身をうごかすべし。農・工・ 商は各其家のことわざ(事業)をおこたらずして、朝夕よくつとむべし。婦女はことに内に居て、気鬱滞しやすく、病生じやすければ、わざをつとめて、身を労 動すべし。富貴の女も、おや、しうと、夫によくつかへてやしなひ、お(織)りぬ(縫)ひ、う(紡)みつむ(績)ぎ、食品をよく調(ととのえ)るを以 (て)、職分として、子をよくそだて、つねに安坐すべからず。かけまくもかたじけなき天照皇大神も、みづから神の御服(みぞ)をおらせたまひ、其御妹稚日 女尊(わかひるめのみこと)も、斎機殿(いみはたどの)にましまして、神の御服をおらせ給ふ事、日本紀(:日本書紀)に見えたれば、今の婦女も昔かかる女 のわざをつとむべき事こそ侍べれ。四民ともに家業をよくつとむるは、皆是養生の道なり。つとむべき事をつとめず、久しく安坐し、ねぶり臥す事をこのむ。是 大に養生に害あり。かくの如くなれば、病おほくして短命なり。戒むべし。

(125) 人の身のわざ多し。その事をつとむるみちを術と云。万のわざつとめならふべき術あり。其術をしらざれば、其事をなしがたし。其内いたりて小にて、いやしき 芸能も、皆其術をまなばず、其わざをならはざれば、其事をなし得がたし。たとへば蓑をつくり、笠をはるは至りてやすく、いやしき小なるわざ也といへども、 其術をならはざれば、つくりがたし。いはんや、人の身は天地とならんで三才とす。かく貴とき身を養ひ、いのちをたもつて長生するは、至りて大事なり。其術 なくんばあるべからず。其術をまなばず、其事をならはずしては、などかなし得んや。然るにいやしき小芸には必(ず)師をもとめ、おしへをうけて、その術を ならふ。いかんとなれば、その器用あれどもその術をまなばずしては、なしがたければなり。人の身はいたりて貴とく、是をやしなひてたもつは、至りて大なる 術なるを、師なく、教なく、学ばず、習はず、これを養ふ術をしらで、わが心の慾にまかせば、豈其道を得て生れ付たる天年をよくたもたんや。故に生を養な ひ、命をたもたんと思はば、其術を習はずんばあるべからず。夫養生の術、そくばくの大道にして、小芸にあらず。心にかけて、其術をつとめまなばずんば、其 道を得べからず。其術をしれる人ありて習得ば、千金にも替えがたし。天地父母よりうけたる、いたりておもき身をもちて、これをたもつ道をしらで、みだりに 身をもちて大病をうけ、身を失なひ、世をみじかくする事、いたりて愚なるかな。天地父母に対し大不孝と云べし。其上、病なく命ながくしてこそ、人となれる 楽おほかるべけれ。病多く命みじかくしては、大富貴をきはめても用なし。貧賤にして命ながきにおとれり。わが郷里の年若き人を見るに、養生の術をしらで、 放蕩にして短命なる人多し。又わが里の老人を多く見るに、養生の道なくして多病にくるしみ、元気おとろへて、はやく老耄す。此如くにては、たとひ百年のよ はひをたもつとも、楽なくして苦み多し。長生も益なし。いけるばかりを思ひでにすともともいひがたし。

(126) 或人の曰(く)、養生の術、隠居せし老人、又年わかくしても世をのがれて、安閑無事なる人は宜しかるべし。士として君父につかへて忠孝をつとめ、武芸をな らひて身をはたらかし、農工商の夜昼家業をつとめていとまなく、身閑ならざる者は養生成りがたかるべし。かかる人、もし養生の術をもつぱら行はば、其身や はらかに、其わざゆるやかにして、事の用にたつべからずと云。是養生の術をしらざる人のうたがひ、むべなるかな。養生の術は、安閑無事なるを専(もっぱ ら)とせず。心を静にし、身をうごかすをよしとす。身を安閑にするは、かへつて元気とどこほり、ふさがりて病を生ず。たとへば、流水はくさらず、戸枢(こ すう:戸の回転軸)はくちざるが如し。是うごく者は長久なり、うごかざる物はかへつて命みじかし。是を以、四民ともに事をよくつとむべし。安逸なるべから ず。是すなわち養生の術なり。

(127)或人うたがひて曰。養生をこのむ人は、 ひとゑにわが身をおもんじて、命をたもつを専にす。されども君子は義をおもしとす。故に義にあたりては、身をすて命をおしまず、危を見ては命をさづけ、難 にのぞんでは節に死す。もしわが身をひとへにおもんじて、少なる髪・膚まで、そこなひやぶらざらんとせば、大節にのぞんで命をおしみ、義をうしなふべしと 云。答て曰、およその事、常あり、変あり。常に居ては常を行なひ、変にのぞみては変を行なふ。其時にあたりて義にしたがふべし。無事の時、身をおもんじて 命をたもつは、常に居るの道なり。大節にのぞんで、命をすててかへり見ざるは、変におるの義なり。常におるの道と、変に居るの義と、同じからざる事をわき まへば、此うたがひなかるべし。君子の道は時宜にかなひ、事変に随ふをよしとす。たとへば、夏はかたびらを着、冬はかさねぎするが如し。一時をつねとし て、一偏にかかはるべからず。殊に常の時、身を養ひて、堅固にたもたずんば、大節にのぞんでつよく、戦ひをはげみて命をすつる事、身よはくしては成がたか るべし。故に常の時よく気を養なはば、変にのぞんで勇あるべし。

(128)いにし への人、三慾を忍ぶ事をいへり。三慾とは、飲食の欲、色の欲、睡(ねぶり)の欲なり。飲食を節にし、色慾をつつしみ、睡をすくなくするは、皆慾をこらゆる なり。飲食・色欲をつつしむ事は人しれり。只睡の慾をこらえて、いぬる事をすくなくするが養生の道なる事は人しらず。ねぶりをすくなくすれば、無病になる は、元気めぐりやすきが故也。ねぶり多ければ、元気めぐらずして病となる。夜ふけて臥しねぶるはよし、昼いぬるは尤(も)害あり。宵にはやくいぬれば、食 気とゞこほりて害あり。ことに朝夕飲食のいまだ消化せず、其気いまだめぐらざるに、早くいぬれば、飲食とどこほりて、元気をそこなふ。古人睡慾を以、飲 食・色慾にならべて三慾とする事、むべなるかな。おこたりて、ねぶりを好めば、くせになりて、睡多くして、こらえがたし。ねぶりこらえがたき事も、又、飲 食・色慾と同じ。初は、つよくこらえざれば、ふせぎがたし。つとめてねぶりをすくなくし、ならひてなれぬれば、おのづから、ねぶりすくなし。ならひて睡を すくなくすべし。

(129)言語をつつしみて、無用の言をはぶき、言をすくなくすべし。多く言語すれば、必(ず)気へりて、又気のぼる。甚(だ)元気をそこなふ。言語をつつしむも、亦徳をやしなひ、身をやしなふ道なり。

(130) 古語に曰、「莫大の禍は、須臾の忍ばざるに起る」。須臾とはしばしの間を云。大なる禍は、しばしの間、慾をこらえざるよりおこる。酒食・色慾など、しばし の間、少の慾をこらえずして大病となり、一生の災となる。一盃の酒、半椀の食をこらえずして、病となる事あり。慾をほしゐままにする事少なれども、やぶら るる事は大なり。たとへば、蛍火程の火、家につきても、さかんに成て、大なる禍となるがごとし。古語に曰ふ。「犯す時は微にして秋毫(:きわめてわずか) の若し、病を成す重きこと、泰山のごとし」。此言むべなるかな。凡(そ)小の事、大なる災となる事多し。小なる過より大なるわざはひとなるは、病のならひ 也。慎しまざるべけんや。常に右の二語を、心にかけてわするべからず。

(131) 養生の道なければ、生れ付つよく、わかく、さかんなる人も、天年をたもたずして早世する人多し。是天のなせる禍にあらず、みづからなせる禍也。天年とは云 がたし。つよき人は、つよきをたのみてつつしまざる故に、よはき人よりかへつて早く死す。又、体気よはく、飲食すくなく、常に病多くして、短命ならんと思 ふ人、かへつて長生する人多し。是よはきをおそれて、つつしむによれり。この故に命の長短は身の強弱によらず、慎と慎しまざるとによれり。白楽天が語に、 福と禍とは、慎と慎しまざるにあり、といへるが如し。

(132)世に富貴・財禄 をむさぼりて、人にへつらひ、仏神にいのり求むる人多し。されども、其しるしなし。無病長生を求めて、養生をつつしみ、身をたもたんとする人はまれなり。 富貴・財禄は外にあり。求めても天命なければ得がたし。無病長生は我にあり、もとむれば得やすし。得がたき事を求めて、得やすき事を求めざるはなんぞや。 愚なるかな。たとひ財禄を求め得ても、多病にして短命なれば、用なし。

(133) 陰陽の気天にあつて、流行して滞らざれば、四時よく行はれ、百物よく生(な)る。偏にして滞れば、流行の道ふさがり、冬あたたかに夏さむく、大風・大雨の 変ありて、凶害をなせり。人身にあっても亦しかり。気血よく流行して滞らざれば、気つよくして病なし。気血流行せざれば、病となる。其気上に滞れば、頭 疼・眩暈となり、中に滞れば亦腹痛となり、痞満となり、下に滞れば腰痛・脚気となり、淋疝・痔漏となる。此故によく生を養ふ人は、つとめて元気の滞なから しむ。

(134)養生に志あらん人は、心につねに主あるべし。主あれば、思慮して是非をわきまへ、忿をおさえ、慾をふさぎて、あやまりすくなし。心に主なければ、思慮なくして忿と慾をこらえず、ほしゐまゝにしてあやまり多し。

(135) 万の事、一時心に快き事は、必後に殃(わざわい)となる。酒食をほしゐまゝにすれば快けれど、やがて病となるの類なり。はじめにこらゆれば必後のよろこび となる。灸治をしてあつきをこらゆれば、後に病なきが如し。杜牧が詩に、忍過ぎて事喜ぶに堪えたりと、いへるは、欲をこらえすまして、後は、よろこびとな る也。

(136)聖人は未病を治すとは、病いまだおこらざる時、かねてつつしめ ば病なく、もし飲食・色欲などの内慾をこらえず、風・寒・暑・湿の外邪をふせがざれば、其おかす事はすこしなれども、後に病をなす事は大にして久し。内慾 と外邪をつつしまざるによりて、大病となりて、思ひの外にふかきうれひにしづみ、久しく苦しむは、病のならひなり。病をうくれば、病苦のみならず、いたき 針にて身をさし、あつき灸にて身をやき、苦き薬にて身をせめ、くひたき物をくはず、のみたきものをのまずして、身をくるしめ、心をいたましむ。病なき時、 かねて養生よくすれば病おこらずして、目に見えぬ大なるさいはいとなる。孫子が曰「よく兵を用る者は赫々の功なし」。云意は、兵を用る上手は、あらはれた るてがら(手柄)なし、いかんとなれば、兵のおこらぬさきに戦かはずして勝ばなり。又曰「古の善く勝つ者は、勝ち易きに勝つ也」。養生の道も亦かくの如く すべし。心の内、わづかに一念の上に力を用て、病のいまだおこらざる時、かちやすき慾にかてば病おこらず。良将の戦はずして勝やすきにかつが如し。是上策 なり。是未病を治するの道なり。

(137)養生の道は、恣(ほしいまま)なるを 戒(いましめ)とし、慎(つつしむ)を専(もっぱら)とす。恣なるとは慾にまけてつつしまざる也。慎は是恣なるのうら也。つつしみは畏(おそるる)を以 (て)本とす。畏るるとは大事にするを云。俗のことわざに、用心は臆病にせよと云がごとし。孫真人も「養生は畏るるを以(て)本とす」といへり。是養生の 要也。養生の道におゐては、けなげなるはあしく、おそれつつしむ事、つねにちい(小)さき一はし(橋)を、わたるが如くなるべし。是畏るなり。わかき時 は、血気さかんにして、つよきにまかせて病をおそれず、慾をほしゐままにする故に、病おこりやすし。すべて病は故なくてむなしくはおこらず、必(ず)慎ま ざるよりおこる。殊に老年は身よはし、尤おそるべし。おそれざれば老若ともに多病にして、天年をたもちがたし。

(138) 人の身をたもつには、養生の道をたのむべし。針・灸と薬力とをたのむべからず。人の身には口・腹・耳・目の欲ありて、身をせむるもの多し。古人のをしえ に、養生のいたれる法あり。孟子にいはゆる「慾を寡くする」、これなり。宋の王昭素も、「身を養ふ事は慾を寡するにしくはなし」と云。省心録にも、「慾多 ければ即ち生を傷(やぶ)る」といへり。およそ人のやまひは、皆わが身の慾をほしゐままにして、つつしまざるよりおこる。養生の士はつねにこれを戒とすべ し。

(139)気は、一身体の内にあまねく行わたるべし。むねの中一所にあつむべからず。いかり、かなしみ、うれひ、思ひ、あれば、胸中一所に気とどこほりてあつまる。七情の過て滞るは病の生る基なり。

(140) 俗人は、慾をほしゐままにして、礼儀にそむき、気を養はずして、天年をたもたず。理気二ながら失へり。仙術の士は養気に偏にして、道理を好まず。故に礼儀 をすててつとめず。陋儒は理に偏にして気を養はず。修養の道をしらずして天年をたもたず。此三つは、ともに君子の行ふ道にあらず。

養生訓 巻第一終

巻第二
総論下

(201) 凡(そ)朝は早くおきて、手と面を洗ひ、髪をゆひ、事をつとめ、食後にはまづ腹を多くなで下し、食気をめぐらすべし。又、京門(第12肋骨部)のあたりを 手の食指のかたはらにて、すぢかひにしばしばなづべし。腰をもなで下して後、下にてしづかにうつべし。あらくすべからず。もし食気滞らば、面を仰ぎて三四 度食毒の気を吐くべし。朝夕の食後に久しく安坐すべからず。必ねぶり臥すべからず。久しく坐し、ねぶり臥せば、気ふさがりて病となり、久しきをつめば命み じかし。食後に毎度歩行する事、三百歩すべし。おりおり五六町歩行するは尤よし。

(202)家に居て、時々わが体力の辛苦せざる程の労動をなすべし。吾起居のいたつ がはしきをくるしまず、室中の事、奴婢をつかはずして、しばしばみづからたちて我身を運用すべし。わが身を動用すれば、おもひのままにして速に事調ひ、下 部をつかふに心を労せず。是「心を清くして事を省く」の益あり。かくのごとくにして、常に身を労動すれば気血めぐり、食気とどこほらず、是養生の要術也。 身をつねにやすめおこたるべからず。我に相応せる事をつとめて、手足をはたらかすべし。時にうごき、時に静なれば、気めぐりて滞らず。静に過ればふさが る。動に過ればつかる。動にも静にも久しかるべからず。

(203)華陀が言に、「人の身は労動すべし。労動すれば穀気きえて、血脈 流通す」といへり。およそ人の身、慾をすくなくし、時々身をうごかし、手足をはたらかし、歩行して久しく一所に安坐せざれば、血気めぐりて滞らず。養生の 要務なり。日々かくのごとくすべし。呂氏春秋曰、「流水腐らず、戸枢(こすう)螻(むしば)まざるは、動けば也。形気もまた然り」。いふ意(こころ)は、 流水はくさらず、たまり水はくさる。から戸のぢくの下のくるゝ(枢)は虫くはず。此二のものはつねにうごくゆへ、わざはひなし。人の身も亦かくのごとし。 一所に久しく安坐してうごかざれば、飲食とゞこほり、気血めぐらずして病を生ず。食後にふすと、昼臥すと、尤(も)禁ずべし。夜も飲食の消化せざる内に早 くふせば、気をふさぎ病を生ず。是養生の道におゐて尤いむべし。

(204)千金方に曰、養生の道、「久しく行き、久しく坐し、久しく臥し、久しく視る」ことなかれ。

(205) 酒食の気いまだ消化せざる内に臥してねぶれば、必(ず)酒食とゞこほり、気ふさがりて病となる。いましむべし。昼は必(ず)臥すべからず。大に元気をそこ なふ。もし大につかれたらば、うしろによりかゝりてねぶるべし。もし臥さば、かたはらに人をおきて、少ねぶるべし。久しくねぶらば、人によびさまさしむべ し。

(206)日長き時も昼臥すべからず。日永き故、夜に入て、人により、もし 体力つかれて早くねぶることをうれへば、晩食の後、身を労動し、歩行し、日入の時より臥して体気をやすめてよし。臥して必(かならず)ねぶるべからず。ね ぶれば甚(だ)害あり。久しく臥べからず。秉燭(へいしょく=夕方)の比(ころ)おきて坐すべし。かくのごとくすれば夜間体に力ありて、ねぶり早く生ぜ ず。もし日入の時よりふさゞるは尤よし。

(207)養生の道は、たの(恃)むを戒しむ。わが身のつよきをたのみ、わ かきをたのみ、病の少(し)いゆるをたのむ。是皆わざはひの本也。刃のと(鋭)きをたのんで、かたき物をきれば、刃折る。気のつよきをたのんで、みだりに 気をつかへば、気へる。脾腎のつよきをたのんで、飲食・色慾を過さば、病となる。

(208)爰(ここ)に人ありて、宝玉を以てつぶてとし、雀をうたば、愚な りとて、人必わらはん。至りて、おもき物をすてゝ、至りてかろき物を得んとすればなり。人の身は至りておもし。然るに、至りてかろき小なる欲をむさぼりて 身をそこなふは、軽重をしらずといふべし。宝玉を以て雀をうつがごとし。

(209)心は楽しむべし、苦しむべからず。身は労すべし、やすめ過すべからず。凡わが身を愛し過すべからず。美味をくひ過し、芳うん(209)をのみ過 し、色をこのみ、身を安逸にして、おこたり臥す事を好む。皆是、わが身を愛し過す故に、かへつてわが身の害となる。又、無病の人、補薬を妄に多くのんで病 となるも、身を愛し過すなり。子を愛し過して、子のわざはひとなるが如し。

(210)一時の慾をこらへずして病を生じ、百年の身をあやまる。愚なるか な。長命をたもちて久しく安楽ならん事を願はゞ、慾をほしゐまゝにすべからず。慾をこらゆるは長命の基也。慾をほしゐまゝにするは短命の基也。恣なると忍 ぶとは、是寿(いのちながき)と夭(いのちみじかき)とのわかるる所也。

(211)易に曰、「患(うれい)を思ひ、予(かね)てこれを防ぐ」。いふ意(こころ)は後の患をおもひ、かねて其わざはひをふせぐべし。論語にも「人遠き慮(おもんぱかり)なければ、必近きうれひあり」との玉へり。是皆、初に謹んで、終をたもつの意なり。

(212)人、慾をほしゐまゝにして楽しむは、其楽しみいまだつきざる内に、はやくうれひ生ず。酒食・色慾をほしゐまゝにして楽しむ内に、はやくたたりをなして苦しみ生ずるの類也。

(213) 人、毎日昼夜の間、元気を養ふ事と元気をそこなふ事との、二の多少をくらべ見るべし。衆人は一日の内、気を養ふ事は常にすくなく、気をそこなふ事は常に多 し。養生の道は元気を養ふ事のみにて、元気をそこなふ事なかるべし。もし養ふ事はすくなく、そこなふ事多く、日々つもりて久しければ、元気へりて病生じ、 死にいたる。この故に衆人は病多くして短命なり。かぎりある元気をもちて、かぎりなき慾をほしゐまゝにするは、あやうし。

(214)古語曰、「日に慎しむこと一日、寿(いのちながく)して終に殃 (わざわい)なし」。言心は一日々々をあらためて、朝より夕まで毎日つヽしめば、身にあやまちなく、身をそこなひやぶる事なくして、寿して、天年をおはる までわざはひなしと也。是身をたもつ要道なり。

(215)飲食・色慾をほしゐまヽにして、其はじめ少(し)の 間、わが心に快き事は、後に必身をそこなひ、ながきわざはひとなる。後にわざはひなからん事を求めば、初わが心に快からん事をこのむべからず。万の事はじ め快くすれば、必(ず)後の禍となる。はじめつとめてこらゆれば、必(ず)後の楽となる。

(216)養生の道,多くいふ事を用ひず。只飲食をすくなくし,病をたすく る物をくらはず、色慾をつゝしみ,精気をおしみ,怒・哀・憂・思を過さず。心を平にして気を和らげ、言をすくなくして無用の事をはぶき、風・寒・暑・湿の 外邪をふせぎ、又時々身をうごかし、歩行し、時ならずしてねぶり臥す事なく、食気をめぐらすべし。是養生の要なり。

(217)飲食は身を養ひ、ねぶり臥は気を養なふ。しかれども飲食節に過れ ば、脾胃をそこなふ。ねぶり臥す事時ならざれば、元気をそこなふ。此二は身を養はんとして、かへつて身をそこなふ。よく生を養ふ人は、つとにおき、よは (夜半)にいねて、昼いねず、常にわざをつとめておこたらず、ねぶりふす事をすくなくして、神気をいさぎよくし、飲食をすくなくして、腹中を清虚にす。か くのごとくなれば、元気よく、めぐりふさがらずして、病生ぜず。発生の気其養を得て、血気をのづからさかんにして病なし。是寝食の二の節に当れるは、また 養生の要也。

(218)貧賎なる人も、道を楽しんで日をわたらば、大なる幸なり。しから ば一日を過す間も、その時刻永くして楽多かるべし。いはんや一とせをすぐる間、四の時、おりおりの楽、日々にきはまりなきをや。此如にして年を多くかさね ば、其楽長久にして、其しるしは寿かるべし。知者の楽み、仁者の寿は、わが輩及がたしといへども、楽より寿にいたれる次序は相似たるなるべし。

(219)心を平らかにし、気を和かにし、言をすくなくし、しづかにす。是徳を養ひ身をやしなふ。其道一なり。多言なると、心さはがしく気あらきとは、徳をそこなひ、身をそこなふ。其害一なり。

(220) 山中の人は多くはいのちながし。古書にも山気は寿(じゅ)多しと云、又寒気は寿ともいへり。山中はさむくして、人身の元気をとぢかためて、内にたもちても らさず。故に命ながし。暖なる地は元気もれて、内にたもつ事すくなくして、命みじかし。又、山中の人は人のまじはりすくなく、しづかにして元気をへらさ ず、万ともしく不自由なる故、おのづから欲すくなし。殊に魚類まれにして肉にあかず。是山中の人、命ながき故なり。市中にありて人に多くまじはり、事しげ ければ気へる。海辺の人、魚肉をつねに多くくらふゆえ、病おほくして命みじかし。市中にをり海辺に居ても、慾をすくなくし、肉食をすくなくせば害なかるべ し。

(221)ひとり家に居て、閑(しずか)に日を送り、古書をよみ、古人の詩 歌を吟じ、香をたき、古法帖を玩び、山水をのぞみ、月花をめで、草木を愛し、四時の好景を玩び、酒を微酔にのみ、園菜を煮るも、皆是心を楽ましめ、気を養 ふ助なり。貧賎の人も此楽つねに得やすし。もしよく此楽をしれらば、富貴にして楽をしらざる人にまさるべし。

(222)古語に、忍は身の宝也といへり。忍べば殃(わざわい)なく、忍ば ざれば殃あり。忍ぶはこらゆるなり。恣ならざるを云。忿(いかり)と慾とはしのぶべし。およそ養生の道は忿・慾をこらゆるにあり。忍の一字守るべし。武王 の銘に曰「之を須臾(しゅゆ)に忍べば、汝の躯を全す」。書に曰。「必ず忍ぶこと有れば、其れ乃ち済すこと有り」。古語に云。「莫大の過ちは須臾の忍びざ るに起る」。是忍の一字は、身を養ひ徳を養ふ道なり。

(223)胃の気とは元気の別名なり。冲和(ちゅうが)の気也。病甚しく しても、胃の気ある人は生く。胃の気なきは死す。胃の気の脉とは、長からず、短からず、遅(ち)ならず、数(さく)ならず、大ならず、小ならず、年に応ず る事、中和にしてうるはし。此脉、名づけて言がたし。ひとり、心に得べし。元気衰へざる無病の人の脉かくの如し。是古人の説なり。養生の人、つねに此脉あ らんことをねがふべし。養生なく気へりたる人は、わかくしても此脉とも(乏)し。是病人なり。病脉のみ有て、胃の気の脉なき人は死す。又、目に精神ある人 は寿(いのちなが)し。精神なき人は夭(いのちみじか)し。病人をみるにも此術を用ゆべし。

(224)養生の術、荘子が所謂(いわゆる)、庖丁(:料理人)が牛をとき しが如くなるべし。牛の骨節(こっせつ)のつがひは間(ひま)あり。刀の刃はうすし。うすき刃をもつて、ひろき骨節の間に入れば、刃のはたらくに余地あり てさはらず。こゝを以て、十九年牛をときしに、刀新にとぎたてたるが如しとなん。人の世にをる、心ゆたけくして物とあらそはず、理に随ひて行なへば、世に さはりなくして天地ひろし。かくのごとくなる人は命長し。

(225)人に対して、喜び楽しみ甚(し)ければ、気ひらけ過てへる。我ひとり居て、憂悲み多ければ、気むすぼほれてふさがる。へるとふさがるとは、元気の害なり。

(226) 心をしづかにしてさはがしくせず、ゆるやかにしてせまらず、気を和にしてあらくせず、言をすくなくして声を高くせず、高くわらはず、つねに心をよろこばし めて、みだりにいからず、悲をすくなくし、かへらざる事をくやまず、過あらば、一たびはわが身をせめて二度悔ず、只天命をやすんじてうれへず、是心気をや しなふ道なり。養生の士、かくのごとくなるべし。

(227)津液(しんえき:つばき)は一身のうるほひ也。化して精血となる。草木に精液なければ枯る。大せつの物也。津液は臓腑より口中に出づ。おしみて吐べからず。ことに遠くつばき吐べからず、気へる。

(228) 津液をばのむべし。吐べからず。痰をば吐べし、のむべからず。痰あらば紙にて取べし。遠くはくべからず。水飲津液すでに滞りて、痰となりて内にありては、 再(び)津液とはならず。痰、内にあれば、気をふさぎて、かへつて害あり。此理をしらざる人、痰を吐ずしてのむは、ひが事也。痰を吐く時、気をもらすべか らず。酒多くのめば痰を生じ、気を上(のぼ)せ、津液をへらす。

(229)何事もあまりよくせんとしていそげば、必あしくなる。病を治する も亦しかり。医をゑらばず、みだりに医を求め、薬を服し、又、鍼・灸をみだりに用ひ、たゝりをなす事多し。導引(:道教の健康法)・按摩も亦しかり。わが 病に当否をしらで、妄に治(じ)を求むべからず。湯治も亦しかり。病に応ずると応ぜざるをゑらばず、みだりに湯治して病をまし、死にいたる。およそ薬治・ 鍼・灸・導引・按摩・湯治。此六の事、其病と其治との当否をよくゑらんで用ゆべし。其当否をしらで、みだりに用ゆれば、あやまりて禍をなす事多し。是よく せんとして、かへつてあしくする也。

(230)凡(そ)よき事あしき事、皆ならひよりおこる。養生のつゝしみ、 つとめも亦しかり。つとめ行ひておこたらざるも、慾をつゝしみこらゆる事も、つとめて習へば、後にはよき事になれて、つねとなり、くるしからず。又つゝつ しまずしてあしき事になれ、習ひくせとなりては、つゝつしみつとめんとすれども、くるしみてこらへがたし。

(231)万の事、皆わがちからをはかるべし。ちからの及ばざるを、しゐて、其わざをなせば、気へりて病を生ず。分外をつとむべからず。

(232) わかき時より、老にいたるまで、元気を惜むべし。年わかく康健なる時よりはやく養ふべし。つよきを頼みて、元気を用過すべからず。わかき時元気をおしまず して、老て衰へ、身よはくなりて、初めて保養するは、たとへば財多く富める時、おごりて財をついやし、貧窮になりて財ともしき故、初めて倹約を行ふが如 し。行はざるにまされども、おそくして其しるしすくなし。

(233)気を養ふに嗇(しょく)の字を用ゆべし。老子此意をいへり。嗇はおしむ也。元気をおしみて費やさゝざる也。たとへば吝嗇なる人の、財多く余あれども、おしみて人にあたへざるが如くなるべし。気をおしめば元気へらずして長命なり。

(234) 養生の要は、自欺(みずからあざむく)ことをいましめて、よく忍ぶにあり。自欺とは、が心にすでにあしきとしれる事を、きらはずしてするを云。あしきとし りてするは、悪をきらふ事、真実ならず、是自欺なり。欺くとは真実ならざる也。食の一事を以いはゞ、多くくらふがあしきとしれども、あしきをきらふ心実な らざれば、多くくらふ。是自欺也。其余事も皆これを以しるべし。

(235)世の人を多くみるに、生れ付て短命なる形相ある人はまれなり。長 寿を生れ付たる人も、養生の術をしらで行はざれば、生れ付たる天年をたもたず。たとへば、彭祖といへど、刀にてのどぶゑ(喉笛)をたゝば、などか死なざる べきや。今の人の欲をほしゐまゝにして生をそこなふは、たとへば、みづからのどぶえをたつが如し。のどぶゑをたちて死ぬると、養生せず、欲をほしゐまゝに して死ぬると、おそきと早きとのかはりはあれど、自害する事は同じ。気つよく長命なるべき人も、気を養なはざれば必命みじかくして、天年をたもたず。是自 害するなり。

(236)凡(て)の事、十分によからんことを求むれば、わが心のわづらひ となりて楽なし。禍も是よりおこる。又、人の我に十分によからん事を求めて、人のたらざるをいかりとがむれば、心のわづらひとなる。又、日用の飲食・衣 服・器物・家居・草木の品々も、皆美をこのむべからず。いさゝかよければ事たりぬ。十分によからん事を好むべからず。是、皆わが気を養なふ工夫なり。

(237)或人の曰、「養生の道、飲食・色慾をつゝしむの類、われ皆しれ り。然れどもつゝつしみがたく、ほしゐまゝになりやすき故、養生なりがたし」といふ。我おもふに、是いまだ養生の術をよくしらざるなり。よくしれらば、な どか養生の道を行なはざるべき。水に入ればおぼれて死ぬ。火に入ればやけて死ぬ。砒霜をくらへば毒にあてられて死ぬる事をば、たれもよくしれる故、水火に 入り、砒霜をくらひて、死ぬる人なし。多慾のよく生をやぶる事、刀を以(て)自害するに同じき理をしれらば、などか慾を忍ばざるべき。すべて其理を明らか にしらざる事は、まよひやすくあやまりやすし。人のあやまりてわざはひとなれる事は、皆不知よりおこる。赤子のはらばひて井におちて死ぬるが如し。灸をし て身の病をさる事をしれる故、身に火をつけ、熱く、いためるをこらえて多きをもいとはず。是灸のわが身に益ある事をよくしれる故なり。不仁にして人をそこ なひくるしむれば、天のせめ人のとがめありて、必わが身のわざはひとなる事は、其理明らかなれども、愚者はしらず。あやうき事を行ひ、わざはひをもとむる は不知よりおこる。盗は只たからをむさぼりて、身のとがにおち入(る)事をしらざるが如し。養生の術をよくしれらば、などか慾にしたがひてつゝしまずやは 有べき。

(238)聖人やゝもすれば楽をとき玉ふ。わが愚を以て聖心おしはかりがたしといへども、楽しみは是人のむまれ付たる天地の生理なり。楽しまずして天地の道理にそむくべからず。つねに道を以て欲を制して楽を失なふべからず。楽を失なはざるは養生の本也。

(239)長生の術は食色の慾をすくなくし、心気を和平にし、事に臨んで常に畏・慎あれば、物にやぶられず、血気おのづから調ひて、自然に病なし。かくの如くなれば長生す。是長生の術也。此術を信じ用ひば、此術の貴とぶべき事、あたかも万金を得たるよりも重かるべし。

(240) 万の事十分に満て、其上にくはへがたきは、うれひの本なり。古人の曰、酒は微酔にのみ、花は半開に見る。此言むべなるかな。酒十分にのめばやぶらる。少の んで不足なるは、楽みて後のうれひなし。花十分に開けば、盛過て精神なく、やがてちりやすし。花のいまだひらかざるが盛なりと、と古人いへり。

(241)一時の浮気をほしゐまゝにすれば、一生の持病となり。或(は)即時に命あやうき事あり。莫大の禍はしばしの間こらえざるにおこる。おそるべし。

(242)養生の道は、中を守るべし。中を守るとは過不及なきを云。食物はうゑを助くるまでにてやむべし。過てほしゐまゝなるべからず。是中を守るなり。物ごとにかくの如くなるべし。

(243)心をつねに従容としづかにせはしからず、和平なるべし。言語はことにしづかにしてすくなくし、無用の事いふべからず。是尤気を養ふ良法也。

(244)人の身は、気を以(て)生の源、命の主とす。故(に)養生をよくする人は、常に元気を惜みてへらさず。静にしては元気をたもち、動ゐては元気をめぐらす。たもつとめぐらすと、二の者そなはらざれば、気を養ひがたし。動静其時を失はず、是気を養ふの道なり。

(245)もし大風雨と雷はなはだしくば、天の威をおそれて、夜といへどもかならずおき、衣服をあらためて坐すべし。臥すべからず。

(246)客となつて昼より他席にあらば、薄暮より前に帰るべし。夜までかたれば主客ともに労す。久しく滞座すべからず。

(247) 素問に「怒れば気上る。喜べば気緩まる。悲めば気消ゆ。恐るれば気めぐらず。寒ければ気とづ。暑ければ気泄(も)る。驚けば気乱る。労すれば気へる。思へ ば気結(むすぼう)る」といへり。百病は皆気より生ず。病とは気やむ也。故に養生の道は気を調るにあり。調ふるは気を和らぎ、平にする也。凡(そ)気を養 ふの道は、気をへらさると、ふさがらざるにあり。気を和らげ、平にすれば、此二のうれひなし。

(248)臍下三寸を丹田と云。腎間の動気こゝにあり。難経に、「臍下腎間 の動気は人の生命也。十二経の根本也」といへり。是人身の命根のある所也。養気の術つねに腰を正しくすゑ、真気を丹田におさめあつめ、呼吸をしづめてあら くせず、事にあたつては、胸中より微気をしばしば口に吐き出して、胸中に気をあつめずして、丹田に気をあつむべし。この如くすれば気のぼらず、むねさはが ずして身に力あり。貴人に対して物をいふにも、大事の変にのぞみいそがはしき時も、この如くすべし。もしやむ事を得ずして、人と是非を論ずとも、怒気にや ぶられず、浮気ならずしてあやまりなし。或(あるいは)芸術をつとめ、武人の槍・太刀をつかひ、敵と戦ふにも、皆此法を主とすべし。是事をつとめ、気を養 ふに益ある術なり。凡技術を行なふ者、殊に武人は此法をしらずんばあるべからず。又道士の気を養ひ、比丘の坐禅するも、皆真気を臍下におさむる法なり。是 主静の工夫、術者の秘訣なり。

(249)七情は喜・怒・哀・楽・愛・悪・慾也。医家にては喜・怒・憂・ 思・悲・恐・驚と云。又、六慾あり、耳・目・口・鼻・身・意の慾也。七情の内、怒と慾との二、尤徳をやぶり、生をそこなふ。忿を懲し、慾を塞ぐは易の戒な り。忿は陽に属す。火のもゆるが如し。人の心を乱し、元気をそこなふは忿なり。おさえて忍ぶべし。慾は陰に属す。水の深きが如し。人の心をおぼらし、元気 をへらすは慾也。思ひてふさぐべし。

(250)養生の要訣一あり。要訣とはかんようなる口伝也。養生に志あらん人は、是をしりて守るべし。其要訣は少の一字なり。少とは万の事皆すくなくして 多くせざるを云。すべてつつまやかに、いはゞ、慾をすくなくするを云。慾とは耳・目・口・体のむさぼりこのむを云。酒食をこのみ、好色をこのむの類也。お よそ慾多きのつもりは、身をそこなひ命を失なふ。慾をすくなくすれば、身をやしなひ命をのぶ。慾をすくなくするに、その目録十二あり。十二少と名づく。必 是を守るべし。食を少くし、飲ものを少くし、五味の偏を少くし、色欲を少くし、言語を少くし、事を少くし、怒を少くし、憂を少くし、悲を少くし、思を少く し、臥事を少くすべし。かやうに事ごとに少すれば、元気へらず、脾腎損せず。是寿をたもつの道なり。十二にかぎらず、何事も身のわざと欲とをすくなくすべ し。一時に気を多く用ひ過し、心を多く用ひ過さば、元気へり、病となりて命みじかし。物ごとに数多くはゞ広く用ゆべからず。数すくなく、はばせばきがよ し。孫思ばく(250)が千金方にも、養生の十二少をいへり。其意同じ。目録は是と同じからず。右にいへる十二少は、今の時宜にかなへるなり。

(251)内慾をすくなくし、外邪をふせぎ、身を時々労動し、ねぶりをすくなくす。此四は養生の大要なり。

(252)気を和平にし、あらくすべからず。しづかにしてみだりにうごかすべからず。ゆるやかにして、急なるべからず。言語をすくなくして、気をうごかすべからず。つねに気を臍(ほぞ)の下におさめて、むねにのぼらしむべからず。是気を養ふ法なり。

(253)古人は詠歌・舞踏して血脉を養ふ。詠歌はうたふ也。舞踏は手のまひ足のふむ也。皆心を和らげ、身をうごかし、気をめぐらし、体をやしなふ。養生の道なり。今導引・按摩して気をめぐらすがごとし。

(254)おもひをすくなくして神を養ひ、慾をすくなくして精を養ひ、飲食をすくなくして胃を養ひ、言をすくなくして気を養ふべし。是養生の四寡なり。

(255) 摂生の七養あり。是を守るべし。一には言をすくなくして内気を養ふ。二には色慾を戒めて精気を養ふ。三には滋味を薄くして血気を養ふ。四には津液をのんで 臓気を養ふ。五には怒をおさえて肝気を養ふ。六には飲食を節にして胃気を養ふ。七には思慮をすくなくして心気を養ふ。是(これ)寿親養老補書に出たり。

(256)孫真人が曰「修養の五宜(ごぎ)あり。髪は多くけづるに宜し。手は面にあるに宜し。歯はしばしばたゝくに宜し。津(つばき)は常にのむに宜し。気は常に練るに宜し。練るとは、さはがしからずしてしづかなる也」。

(257)久しく行き、久しく坐し、久しく立、久しく臥し、久しく語るべからず。是労動ひさしければ気へる。又、安逸ひさしければ気ふさがる。気へるとふさがるとは、ともに身の害となる。

(258)養生の四要は、暴怒をさり、思慮をすくなくし、言語をすくなくし、嗜慾をすくなくすべし。

(259)病源集に唐椿が曰、四損は、遠くつばきすれば気を損ず。多くねぶれば神を損ず。多く汗すれば血を損ず。疾(とく)行けば筋を損ず」。

(260)老人はつよく痰を去薬を用べからず。痰をことごとく去らんとすれば、元気へる。是古人の説也。

(261) 呼吸は人の鼻よりつねに出入る息也。呼は出る息也。内気をはく也。吸は入る息なり。外気をすふ也。呼吸は人の生気也。呼吸なければ死す。人の腹の気は天地 の気と同くして、内外相通ず。人の天地の気の中にあるは、魚の水中にあるが如し。魚の腹中の水も外の水と出入して、同じ。人の腹中にある気も天地の気と同 じ。されども腹中の気は臓腑にありて、ふるくけがる。天地の気は新くして清し。時々鼻より外気を多く吸入べし。吸入ところの気、腹中に多くたまりたると き、口中より少づつしづかに吐き出すべし。あらく早くはき出すべからず。是ふるくけがれたる気をはき出して、新しき清き気を吸入る也。新とふるきと、かゆ る也。是を行なふ時、身を正しく仰ぎ、足をのべふし、目をふさぎ、手をにぎりかため、両足の間、去事五寸、両ひぢと体との間も、相去事おのおの五寸なるべ し。一日一夜の間、一両度行ふべし。久してしるしを見るべし。気を安和にして行ふべし。

(262)千金方に、常に鼻より清気を引入れ、口より濁気を吐出す。入る事多く出す事すくなくす。出す時は口をほそくひらきて少吐べし。

(263)常の呼吸のいきは、ゆるやかにして、深く丹田に入べし。急なるべからず。

(264) 調息の法、呼吸をとゝのへ、しづかにすれば、息やうやく微也。弥(いよいよ)久しければ、後は鼻中に全く気息なきが如し。只臍の上より微息往来する事をお ぼゆ。かくの如くすれば神気定まる。是気を養ふ術なり。呼吸は一身の気の出入する道路也。あらくすべからず。

(265)養生の術、まづ心法をよくつゝしみ守らざれば、行はれ がたし。心を静にしてさはがしからず、いかりをおさえ慾をすくなくして、つねに楽んでうれへず。是養生の術にて、心を守る道なり。心法を守らざれば、養生 の術行はれず。故に心を養ひ身を養ふの工夫二なし、一術なり。

(266)夜書をよみ、人とかたるに三更をかぎりとすべし。一夜を五更にわかつに、三更は国俗の時皷の四半過、九の間なるべし。深更までねぶらざれば、精神しづまらず。

(267) 外境いさぎよければ、中心も亦是にふれて清くなる。外より内を養ふ理あり。故に居室は常に塵埃をはらひ、前庭も家僕に命じて、日々いさぎよく掃はしむべ し。みづからも時々几上の埃をはらひ、庭に下りて、箒をとりて塵をはらふべし。心をきよくし身をうごかす、皆養生の助なり。

(268)天地の理、陽は一、陰は二也。水は多く火は少し。水はかはきがた く、火は消えやすし。人は陽類にて少く、禽獣虫魚は陰類にて多し。此故に陽はすくなく陰は多き事、自然の理なり。すくなきは貴とく多きはいやし。君子は陽 類にて少く、小人は陰類にて多し。易道は陽を善として貴とび、陰を悪としていやしみ、君子を貴とび、小人をいやしむ。水は陰類なり。暑月はへるべくしてま すます多く生ず。寒月はますべくしてかへつてかれてすくなし。春夏は陽気盛なる故に水多く生ず。秋冬は陽気変る故水すくなし。血は多くへれども死なず。気 多くへれば忽(たちまち)死す。吐血・金瘡・産後など、陰血大に失する者は、血を補へば、陽気いよいよつきて死す。気を補へば、生命をたもちて血も自(お のずから)生ず。古人も「血脱して気を補ふは、古聖人の法なり」、といへり。人身は陽常にすくなくして貴とく、陰つねに多くしていやし。故に陽を貴とんで さかんにすべし。陰をいやしんで抑ふべし。元気生生すれば真陰も亦生ず。陽盛(さかん)なれば陰自(おのずから)長ず。陽気を補へば陰血自生ず。もし陰不 足を補はんとて、地黄・知母・黄栢等、苦寒の薬を久しく服すれば、元陽をそこなひ、胃の気衰て、血を滋生せずして、陰血も亦消ぬ。又、陽不足を補はんと て、烏附(うぶ:トリカブト)等の毒薬を用ゆれば、邪火を助けて陽気も亦亡ぶ。是は陽を補ふにはあらず。丹渓(の)陽有余陰不足論は何の経に本づけるや、 其本拠を見ず。もし丹渓一人の私言ならば、無稽の言信じがたし。易道の陽を貴とび、陰を賎しむの理にそむけり。もし陰陽の分数を以其多少をいはゞ、陰有余 陽不足とは云べし。陽有余陰不足とは云がたし。後人其偏見にしたがひてくみするは何ぞや。凡(およそ)識見なければ其才弁ある説に迷ひて、偏執に泥(な ず)む。丹渓はまことに古よりの名医なり。医道に功あり。彼補陰に専なるも、定めて其時の気運に宜しかりしならん。然れども医の聖にあらず。偏僻の論、此 外にも猶多し。打まかせて悉くには信じがたし。功過相半せり。其才学は貴ぶべし。其偏論は信ずべからず。王道は偏なく党なくして平々なり。丹渓は補陰に偏 して平々ならず。医の王道とすべからず。近世は人の元気漸(ようやく)衰ろふ。丹渓が法にしたがひ、補陰に専ならば、脾胃をやぶり、元気をそこなはん。只 東垣が脾胃を調理する温補の法、医中の王道なるべし。明の医の作れる軒岐救生論、類経等の書に、丹渓を甚(はなはだ)誹(そし)れり。其説頗(すこぶ)る 理あり。然れども是亦一偏に僻して、丹渓が長ずる所をあはせて、蔑(ないがしろ)にす。枉(まが)れるをためて直(なおき)に過と云べし。凡古来術者の 言、往々偏僻多し。近世明季の医、殊に此病あり。択んで取捨すべし。只、李中梓が説は、頗(すこぶる)平正にちかし。

養生訓 巻第二終

巻第三
飲食上

(301) 人の身は元気を天地にうけて生ずれ共、飲食の養なければ、元気うゑて命をたもちがたし。元気は生命の本也。飲食は生命の養也。此故に、飲食の養は人生日用 専一の補にて、半日もかきがたし。然れ共、飲食は人の大欲にして、口腹の好む処也。其このめるにまかせ、ほしゐまゝにすれば、節に過て必(ず)脾胃をやぶ り、諸病を生じ、命を失なふ。五臓の初(はじめ)て生ずるは、腎を以(て)本とす。生じて後は脾胃を以(て)五臓の本とす。飲食すれば、脾胃まづ是をうけ て消化し、其精液を臓腑におくる。臓腑の脾胃の養をうくる事、草木の土気によりて生長するが如し。是を以(て)養生の道は先(まず)脾胃を調るを要とす。 脾胃を調るは人身第一の保養也。古人も飲食を節にして、その身を養ふといへり。

(302)人生日々に飲食せざる事なし。常につゝしみて欲をこらへざれば、過やすくして病を生ず。古人「禍は口よりいで、病は口より入」といへり。口の出しいれ常に慎むべし。

(303)論語、郷党篇に記せし聖人の飲食の法、是養生の要なり。聖人の疾を慎み給ふ事かくの如し。法とすべし。

(304)飯はよく熱して、中心まで和らかなるべし。こはくねばきをいむ。煖なるに宜し。羮(あつもの)は熱きに宜し。酒は夏月も温なるべし。冷飲は脾胃をやぶる。冬月も熱飲すべからず。気を上せ、血液をへらす。

(305)飯を炊ぐ法多し。たきぼし(:普通に炊く)は壮実なる人に宜し。ふたたびいい(305:湯を入れ二度炊き)は積聚気滞(しゃくじゅきたい:胃け いれん)ある人に宜し。湯取飯(ゆとりいい:水を多くして炊く)は脾胃虚弱の人に宜し。粘りて糊の如くなるは滞塞す。硬(こわ)きは消化しがたし。新穀の 飯は性つよくして虚人はあしゝ。殊に早稲は気を動かす。病人にいむ。晩稲は性かろくしてよし。

(306)凡(すべて)の食、淡薄なる物を好むべし。肥濃・油膩の物多く食ふべからず。生冷・堅硬なる物を禁ずべし。あつ物、只一によろし。肉も一品なる べし。さい(306)は一二品に止まるべし。肉を二かさぬべからず。又、肉多くくらふべからず。生肉をつゞけて食ふべからず。滞りやすし。羹に肉あらば、 さい(306)には肉なきが宜し。

(307)飲食は飢渇をやめんためなれば、飢渇だにやみなば其上にむさぼら ず、ほしゐままにすべからず。飲食の欲を恣にする人は義理をわする。是を口腹の人と云(いい)いやしむべし。食過たるとて、薬を用ひて消化すれば、胃気、 薬力のつよきにうたれて、生発の和気をそこなふ。おしむべし。食飲する時、思案し、こらへて節にすべし。心に好み、口に快き物にあはゞ、先(まず)心に戒 めて、節に過ん事をおそれて、恣にすべからず。心のちからを用ひざれば、欲にかちがたし。欲にかつには剛を以すべし。病を畏るゝには怯(つたな)かるべ し。つたなきとは臆病なるをいへり。

(308)珍美の食に対すとも、八九分にてやむべし。十分に飽き満るは後の 禍あり。少しの間、欲をこらゆれば後の禍なし。少のみくひて味のよきをしれば、多くのみくひてあきみちたるに其楽同じく、且後の災なし。万のむくひて味の よきをしれば、多くのみくひて、あきみちたるに其楽同じく、且後の災なし。万に事十分にいたれば、必わざはひとなる。飲食尤満意をいむべし。又、初に慎め ば必後の禍なし。

(309)五味偏勝とは一味を多く食過すを云。甘き物多ければ、腹はりいた む。辛き物過れば、気上りて気へり、瘡(かさ)を生じ、眼あしゝ。鹹(しおはゆ)き物多ければ血かはき、のんどかはき、湯水多くのめば湿を生じ、脾胃をや ぶる。苦き物多ければ脾胃の生気を損ず。酸き物多ければ気ちゞまる。五味をそなへて、少づゝ食へば病生ぜず。諸肉も諸菜も同じ物をつゞけて食すれば、滞り て害あり。

(310)食は身をやしなふ物なり。身を養ふ物を以、かへつて身をそこなふ べからず。故に、凡(そ)食物は性よくして、身をやしなふに益ある物をつねにゑらんで食ふべし。益なくして損ある物、味よしとてもくらふべからず。温補し て気をふさがざる物は益あり。生冷にして瀉(はき)下し、気をふさぎ、腹はる物、辛くし(て)熱ある物、皆損あり。

(311)飯はよく人をやしなひ、又よく人を害す。故に飯はことに多食すべからず。常に食して宜しき分量を定むべし。飯を多くくらへば、脾胃をやぶり、元 気をふさぐ。他の食の過たるより、飯の過たるは消化しがたくして大いに害あり。客となりて、あるじ心を用ひてまうけたる品味を、箸を下さゞれば、主人の盛 意を空しくするも快からずと思はゞ、飯を常の時より半減してさい(306)の品味を少づゝ食すべし。此の如くすればさい多けれど食にやぶられず。飯を常の 如く食して、又魚鳥などの、さい(306)数品多くくらへば必(ず)やぶらる。飯後に又茶菓子ともち(311)・餌(だんご)などくらひ、或後段とて麪類 など食すれば、飽満して気をふさぎ、食にやぶらる。是常の分量に過れば也。茶菓子・後段は分外の食なり。少食して可也。過すべからず。もし食後に小食せん とおもはゞ、かねて飯を減ずべし。

(312)飲食の人は、人これをいやしむ。其小を養つて大をわするゝがためなりと、孟子ののたまへるごとく、口腹の欲にひかれて道理をわすれ、只のみくひ、あきみちん事をこのみて、腹はりいたみ、病となり、酒にゑひて乱に及ぶは、むけにいやしむべし。

(313) 夜食する人は、暮て後、早く食すべし。深更にいたりて食すべからず。酒食の気よくめぐり、消化して後ふすべし。消化せざる内に早くふせば病となる。夜食せ ざる人も、晩食の後、早くふすべからず。早くふせば食気とゞこをり、病となる。凡夜は身をうごかす時にあらず。飲食の養を用ひず、少うゑても害なし。もし やむ事を得ずして夜食すとも、早くして少きに宜し。夜酒はのむべからず。若(もし)のむとも、早くして少のむべし。

(314)俗のことばに、食をひかへすごせば、養たらずして、やせおとろふと云。是養生知不人の言也。欲多きは人のむまれ付なれば、ひかえ過すと思ふがよきほどなるべし。

(315) すけ(好)る物にあひ、うゑたる時にあたり、味すぐれて珍味なる食にあひ、其品おほく前につらなるとも、よきほどのかぎりの外は、かたくつゝしみて其節に すぐすべからず。さい(306)多く食ふべからず。魚鳥などの味の濃く、あぶら有て重き物、夕食にあしし。菜類も薯蕷(やまのいも)、胡蘿蔔(にんじ ん)、菘菜(うきな)、芋根(いも)、慈姑(くわい)などの如き、滞りやすく、気をふさぐ物、晩食に多く食ふべからず。食はざるは尤よし。

(320)飯のすゑり、魚のあざれ、肉のやぶれたる、色のあしき物、臭(か)のあしき物、にえばな(320)をうしなへる物くらはず。朝夕の食事にあらず んばくらふべからず。又、早くしていまだ熟せず、或いまだ生ぜざる物根をほりとりてめだちをくらふの類、又、時過ぎてさかりを失へる物、皆、時ならざる物 也。くらふべからず。是論語にのする処、聖人の食し給はざる物なり。聖人身を慎み給ふ、養生の一事なり。法とすべし。又、肉は多けれども、飯の気にかたし めずといへり。肉を多く食ふべからず。食は飯を本とす。何の食も飯より多かるべからず。

(321)飲食の内、飯は飽ざれば飢を助けず。あつものは飯を和せんためなり。肉はあかずしても不足なし。少くらって食をすゝめ、気を養ふべし。菜は穀肉の足らざるを助けて消化しやすし。皆その食すべき理あり。然共多かるべからず。

(322)人身は元気を本とす。穀の養によりて、元気生々してやまず。穀肉を以元気を助くべし。穀肉を過して元気をそこなふべからず。元気穀肉にかてば寿(いのちなが)し。穀肉元気に勝てば夭(みじか)し。又古人の言に穀はかつべし。肉は穀にかたしむべからずといへり。

(323)脾胃虚弱の人、殊(ことに)老人は飲食にやぶられやすし。味よき飲食にむかはゞ忍ぶべし。節に過べからず。心よはきは慾にかちがたし。心つよくして慾にかつべし。

(324)交友と同じく食する時、美饌にむかえば食過やすし。飲食十分に満足するは禍の基なり。花は半開に見、酒は微酔にのむといへるが如くすべし。興に乗じて戒を忘るべからず。慾を恣にすれば禍となる。楽の極まれるは悲の基なり。

(325)一切の宿疾を発する物をば、しるして置きてくらふべからず。宿疾とは持病也。即時に害ある物あり。時をへて害ある物あり。即時に傷なしとて食ふべからず。

(326)傷食の病あらば、飲食をたつべし。或食をつねの半減し、三分の二減ずべし。食傷の時はやく温湯に浴すべし。魚鳥の肉、魚鳥のひしほ、生菜、油膩の物、ねばき物、こわき物、もちだんご、つくり菓子、生菓子などくらふべからず。

(327) 朝食いまだ消化せずんば、昼食すべからず。点心などくらふべからず。昼食いまだ消化せずんば、夜食すべからず。前夜の宿食、猶滞らば、翌朝食すべからず。 或半減し、酒肉をたつべし。およそ食傷を治する事、飲食をせざるにしくはなし。飲食をたてば、軽症は薬を用ずしていゆ。養生の道しらぬ人、殊に婦人は智な くして食滞の病にも早く食をすゝむる故、病おもくたる。ねばき米湯など殊に害となる。みだりにすゝむべからず。病症により、殊に食傷の病人は、一両日食せ ずしても害なし。邪気とゞこほりて腹みつる故なり。

(328)煮過してにえばな(320)を失なへる物と、いまだ煮熟せざる物 くらふべからず。魚を煮るにに煮ゑざるはあしゝ。煮過してにえばなを失なへるは味なく、つかへやすし。よき程の節あり。魚を蒸たるは久しくむしても、にえ ばなを失なはず。魚をにるに水おおきは味なし。此事、李笠翁が閑情寓寄にいへり。

(329)聖人其(その)醤(あえしお)を得ざればくひ給わず。是養生の道 也。醤とはひしほ(:なめ味噌)にあらず、其物にくはふべきあはせ物なり。今こゝにていはゞ、塩酒、醤油、酢、蓼、生薑、わさび、胡椒、芥子、山椒など、 各其食物に宜しき加へ物あり。これをくはふるは其毒を制する也。只其味のそなはりてよからん事をこのむにあらず。

(330)飲食の慾は朝夕におこる故、貧賤なる人もあやまり多し。況富貴の 人は美味多き故、やぶられやすし。殊に慎むべし。中年以後、元気へりて、男女の色欲はやうやく衰ふれども、飲食の慾はやまず。老人は脾気よはし。故に飲食 にやぶられやすし。老人のにはかに病をうけて死するは、多くは食傷也。つゝしむべし。

(331)諸(もろもろ)の食物、皆あたらしき生気る物をくらふべし。ふるくして臭(か)あしく、色も味もかはりたる物、皆気をふさぎて、とゞこほりやすし。くらふべからず。

(332)すける物は脾胃のこのむ所なれば補となる。李笠翁も本姓甚すける物は、薬にあつべしといへり。尤此理あり。されどすけるまゝに多食すれば、必やぶられ、好まざる物を少くらふにおとる。好む物を少食はゞ益あるべし。

(333)清き物、かうばしき物、もろく和かなる物、味かろき物、性よき物、此五の物をこのんで食ふべし。益ありて損なし。是に反する物食ふべからず。此事もろこしの食にも見えたり。

(334)衰弱虚弱の人は、つねに魚鳥の肉を味よくして、少づゝ食ふべし。参ぎ(115)の補にまされり。性よき生魚を烹炙よくすべし。塩つけて一両日過 たる尤よし。久しければ味よからず。且滞りやすし。生魚の肉みそ(334)につけたるを炙煮て食ふもよし。夏月は久しくたもたず。

(335)脾虚の人(:胃腸の弱い人)は生魚をあぶりて食するに宜し。煮たるよりつかえず。小魚は煮て食するに宜し。大なる生魚はあぶりて食ひ、或煎酒(:煮詰めた料理用の酒)を熱くして、生薑わさびなどを加え、浸し食すれば害なし。

(336) 大魚は小魚より油多くつかえやすし。脾虚の人は多食すべからず。薄く切て食へばつかえず。大なる鯉・鮒大に切、或全身を煮たるは、気をふさぐ。うすく切べ し。蘿蔔(だいこん)、胡蘿蔔(にんじん)、南瓜、菘菜(うきな)なども、大に厚く切て煮たるは、つかえやすく、薄く切て煮るべし。

(337)生魚、味をよく調へて食すれば、生気ある故、早く消化しやすくしえつかえず。煮過し、又は、ほして油多き肉、或塩につけて久しき肉は、皆生気なき隠物なり。滞やすし。此理をしらで生魚より塩蔵をよしとすべからず。

(338)甚腥く脂多き魚食ふべからず。魚のわたは油多し。食べからず。なしもの(3380,3381:塩辛)ことにつかえやすし。痰を生ず。

(339) さし身、鱠(なます)は人により斟酌すべし。酢過たるをいむ。虚冷の人はあたゝめ食ふべし。鮓は老人・病人食ふべからず、消化しがたし。殊に未熟の時、又 熟し過て日をへたる、食ふべからず。ゑびの鮓毒あり。うなぎの鮓消化しがたし。皆食ふべからず。大なる鳥の皮、魚の皮のあつきは、かたくして油多し。食ふ べからず。消しがたし。

(340)諸獣の肉は、日本の人、腸胃薄弱なる故に宜しからず。多く食ふべ からず。烏賊・章魚など多く食ふべからず。消化しがたし。鶏子・鴨子、丸ながら煮たるは気をふさぐ。ふはふはと俗の称するはよし。肉も菜も大に切たる物、 又、丸ながら煮たるは、皆気をふさぎてつかえやすし。

(341)生魚あざらけきに塩を淡くつけ、日にほし、一両日過て少あぶり、うすく切て酒にひたし食ふ。脾に妨なし。久しきは滞りやすし。

(342)味噌、性和(やわらか)にして脾胃を補なふ。たまりと醤油はみそより性するどなり。泄瀉(嘔吐や下痢)する人に宜しからず。酢は多く食ふべから ず。脾胃に宜しからず。然れども積聚(しゃくじゅ:胃けいれん)ある人は小食してよし。げん醋(342:げんそ:濃い酢)を多く食ふべからず。

(343)脾胃虚して生菜をいむ人は、乾菜を煮食ふべし。冬月蘿蔔(らふく)をうすく切りて生ながら日に乾す。蓮根、牛蒡、薯蕷(やまのいも)、うどの 根、いづれもうすく切りてほす。椎蕈、松露、石茸(いわたけ)、もほしたるがよし。松蕈塩漬よし。壷廬(ゆうがお)切て塩に一夜つけ、おしをかけ置てほし たるがよし。瓠畜(かんぴょう)もよし。白芋の茎熱湯をかけ日にほす。是皆虚人の食するに宜し。枸杞(くこ)、五加(うこぎ)、ひゆ (343)、菊、蘿摩(らも:ちぐさ)、鼓子花(ひるがお)葉など、わか葉をむし、煮てほしたるをあつ物とし、味噌にてあへ物とす。菊花は生にてほす。皆 虚人に宜し。老葉はこはし。海菜(みる)は冷性也。老人・虚人に宜しからず。昆布多く食へば気をふさぐ。

(344)食物の気味、わが心にかなはざる物は、養とならず。かへつて害と なる。たとひ我がために、むつかしくこしらへたる食なりとも、心にかなはずして、害となるべき物は食ふべからず。又、其味は心にかなへり共、前食いまだ消 化せずして、食ふ事を好まずば食すべからず。わざととゝのへて出来たる物をくらはざるも、快からずとて食ふはあしゝ。別に使令する家僕などにあたへて食は しむれば、我が食せずしても快し。他人の饗席にありても、心かなはざる物くらふべからず。又、味心にかなへりとて、多く食ふは尤あしゝ。

(345)凡食飲をひかへこらゆる事久き間にあらず。飲食する時須臾の間、欲を忍ぶにあり。又、分量は多きにあらず。飯は只二三口、さい(306)は只一二片、少の欲をこらゑて食せざれば害なし。酒も亦しかり。多飲の人も少こらえて、酔過さゞれば害なし。

(346) 脾胃のこのむと、きらふ物をしりて、好む物を食し、きらふ物を食すべからず。脾胃の好む物は何ぞや。あたたかなる物、やはらかなる物、よく熟したる物、ね ばりなき物、味淡くかろき物、にえばなの新に熟したる物、きよき物、新しき物、香よき物、性平和なる物、五味の偏ならざる物、是皆、脾胃の好む物なり。 是、脾胃の養となる。くらふべし。

(347)脾胃のきらふ物は生しき物、こはき物、ねばる物、けがらはしく清 からざる物、くさき物、煮ていまだ熟せざる物、煮過してにえばな(320)を失へる物、煮て久しくなるもの、菓(このみ)のいまだ熟せざる物、ふるくして 正味を失なへる物、五味の偏なる物、あぶら多くして味おもきもの、是皆、脾胃のきらふ物也。是をくらへば脾胃を損ず。食ふべからず。

(348)酒食を過し、或は時ならずして飲食し、生冷の物、性あしく病をおこす物をくひて、しばしば泄瀉すれば、必胃の気へる。久しくかさなりては、元気衰へて短命なり。つゝしむべし。

(349) 塩と酢と辛き物と、此三味を多く食ふべからず。此三味を多くくらひ、渇きて湯を多くのめば、湿を生じ、脾をやぶる。湯・茶・羹多くのむべからず。右の三味 をくらつて大にかはかば葛の粉か天花粉を熱湯にたてゝ、のんで渇をとゞむべし。多く湯をのむ事をやめんがためなり。葛などのねば湯は気をふさぐ。

(350)酒食の後、酔飽せば、天を仰で酒食の気をはくべし。手を以面及腹・腰をなで、食気をめぐらすべし。

(351)わかき人は食後に弓を射、鎗、太刀を習ひ、身をうごかし、歩行すべし。労動を過すべからず。老人も其気体に応じ、少労動すべし。案(おしまずき)によりかゝり、一処に久しく安坐すべからず。気血を滞らしめ、飲食消化しがたし。

(352)脾胃虚弱の人、老人などは、もち(311)・だんご(352)、饅頭などの類、堅くして冷たる物くらふべからず。消化しがたし。つくりたる菓子、生菓子の類くらふ事斟酌すべし。おりにより、人によりて甚害あり。晩食の後、殊にいむべし。

(353)古人、寒月朝ごとに、性平和なる薬酒を少のむべし。立春以後はやむべしといへり。人により宜かるべし。焼酒(しょうちゅう)にてかもしたる薬酒は用ゆべからず。

(354)肉は一臠を食し、菓(くだもの)は一顆(ひとつぶ)を食しても、味をしる事は肉十臠を食し、菓百顆を食したると同じ。多くくひて胃をやぶらんより、少くひて其味をしり、身に害なきがまされり。

(355)水は清く甘きを好むべし。清からざると味あしきとは用ゆべからず。郷土の水の味によって、人の性(うまれつき)かはる理なれば、水は尤ゑらぶべし。又悪水のもり入たる水、のむべからず。薬と茶を煎ずる水、尤よきをゑらぶべし。

(356) 天よりすぐに下る雨水は性よし、毒なし。器にうけて薬と茶を煎ずるによし。雪水は尤よし。屋漏(あまだり)の水、大毒あり。たまり水はのむべからず。たま り水の地をもり来る水ものむべからず。井のあたりに、汚濁のたまり水あらしむべからず。地をもり通りて井に入る甚いむべし。

(357)湯は熱きをさまして、よき比の時のむはよし。半沸きの湯をのめば腹はる。

(358) 食すくなければ、脾胃の中に空処ありて、元気めぐりやすく、食消化しやすくして、飲食する物、皆身の養となる。是を以病すくなくして身つよくなる。もし食 多くして腹中にみつれば、元気のめぐるべき道をふさぎ、すき間なくして食消せず。是を以のみくふ物、身の養とならず、滞りて元気の道をふさぎ、めぐらずし て病となる。甚しければもだえて死す。是食過て腹にみち、気ふさがりて、めぐらざる故也。食後に病おこり、或頓死するは此故也。凡大酒・大食する人は、必 短命なり。早くやむべし。かへすがへす老人は腸胃よはき故に、飲食にやぶられやすし。多く飲食すべからず。おそるべし。

(359)およそ人の食後に俄にわづらひて死ぬるは、多くは飲食の過て、 飽満し、気をふさげばなり。初まづ生薑に塩を少加えてせんじ、多く飲しめて多く吐しむべし。其後食滞を消し、気をめぐらす薬を与ふべし。卒中風として、蘇 合円・延齢丹など与ふべからず。あしゝ。又少にても食物を早く与ふべからず。殊ねばき米湯など、与ふべからず。気弥(いよいよ)塞りて死す。一両日は食を あたへずしてよし。此病は食傷なり。世人多くはあやまりて卒中風とす。その治応ぜず。

(360)うえて食し、かはきて飲むに、飢渇にまかせて、一時に多く飲食す れば、飽満して脾胃をやぶり、元気をそこなふ。飢渇の時慎むべし。又飲食いまだ消化せざるに、又いやかさねに早く飲食すれば、滞りて害となる。よく消化し て後、飲食を好む時のみ食ふべし。如此すれば、飲食皆養となる。

(361)四時老幼ともに、あたたかなる物くらふべし。殊に夏月は伏陰内にあり。わかく盛なる人も、あたたかなる物くらふべし。生冷を食すべからず。滞やすく泄瀉しやすし。冷水多く飲むべからず。

(362)夏月、瓜菓・生菜多く食ひ、冷麪をしばしば食し、冷水を多く飲めば、秋必瘧痢(:下痢を伴う急性の発熱)を病む。凡病は故なくしてはおこらず。かねてつゝしむべし。

(363)食後に湯茶を以口を数度すゝぐべし。口中清く、牙歯にはさまれる物脱し去る。牙杖にてさす事を用ひず。夜は温なる塩茶を以口をすゝぐべし。牙歯堅固になる。口をすゝぐには中下の茶を用ゆべし。是、東坡が説なり。

(364)人、他郷にゆきて、水土かはりて、水土に服せず、わづらふ事あり。先豆腐を食すれば脾胃調(ととのい)やすし。是、時珍が食物本草の注に見えたり。

(365)山中の人、肉食ともしくて、病すくなく命長し。海辺、魚肉多き里にすむ人は、病多くして命短し、と千金方にいへり。

(366)朝早く、粥を温に、やはらかにして食へば、腸胃をやしなひ、身をあたため、津液を生ず。寒月尤よし。是、張来が説也。

(367) 生薑、胡椒、山椒、蓼、紫蘇、生蘿蔔(だいこん)、生葱(ひともじ)など、食の香気を助け、悪臭を去り、魚毒を去り、食気をめぐらすために、其食品に相宜 しからき物を、少づゝ加へて毒を殺すべし。多く食すべからず。辛き物多ければ気をへらし、上升し、血液をかはかす。

(368)朝夕飯を食するごとに、初一椀は羹ばかり食して、さい(306) を食せざれば、飯の正味をよく知りて、飯の味よし。後に五味のさい(306)を食して、気を養なふべし。初よりさい(306)をまじえて食へば、飯の正味 を失なふ。後にさい(306)を食へば、さい(306)多からずしてたりやすし。是身を養ふによろしくて、又貧に処(す)るによろし。魚鳥・蔬菜のさい (306)を多く食はずして、飯の味のよき事を知るべし。菜肉多くくらへば、飯のよき味はしらず。貧民はさい(306)肉ともしくして、飯と羹ばかり食ふ 故に、飯の味よく食滞の害なし。

(369)臥にのぞんで食滞り、痰ふさがらば、少(すこし)消導の薬をのむべし。夜臥して痰のんどにふさがるはおそるべし。

(370)日短き時、昼の間、点心(てんじん)食ふべからず。日永き時も、昼は多食はざるが宜し。

(371)晩食は朝食より少くすべし。さい(306)肉も少きに宜し。

(372)一切の煮たる物、よく熱して柔なるを食ふべし。こはき物、未熟物、煮過してにえばな(320)を失へる物、心にかなはざる物、食ふべからず。

(373)我が家にては、飲食の節慎みやすし、他の饗席にありては烹調・生熱の節我心にかなはず。さい(306)品多く過やすし。客となりては殊に飲食の節つつしむべし。

(374)飯後に力わざすべからず。急に道を行べからず。又、馬をはせ、高きにのぼり、険路に上るべからず。

養生訓 巻第三終

巻第四
飲食下

(401) 東坡(とうば)日(く)、「早晩の飲食一爵一肉に過す。尊客あれば之を三にす。へらすべくして、ますべからず。我をよぶ者あれば是を以つぐ。一に日 (く)、分を安すんじて以福を養なふ。二に日(く)、胃を寛(ゆる)くして以気を養なふ。三に日(く)、費(ついえ)をはぶきて以財を養なふ」。東坡が此 法、倹約養生のため、ともにしかるべし。

(402)朝夕一さい(306)を用ゆべし。其上に醤(ひしお)か肉醢(ししびしお:塩辛)か或(あるいは)つけもの(402)か一品を加ふるもよし。あ つものは、富める人も常に只一なるべし。客に饗するに二用るは、本汁、もし心に叶はずば、二の汁を用させん為也。常には無用の物也。唐の高侍郎と云し人、 兄弟あつものと肉を二にせず、朝夕一品のみ用ゆ。晩食には只蔔匏(ふくほう)をくらふ。大根と夕がほとを云。范忠宣と云し富貴の人、平生肉をかさねず。其 倹約養生二ながら則とすべし。

(403)松蕈、竹筍、豆腐など味すぐれたる野菜は、只一種煮食すべし。他物と両種合わせ煮れば、味おとる。李笠翁が閑情萬寄にかくいへり。味あしければ腸胃に相応せずして養とならず。

(404)もち(310)・餌(だんご)の新に成て再煮ずあぶらずして、即食するは消化しがたし。むしたるより、煮たるがやはらかにして、消化しやすし。'もち'は数日の後、焼煮て食ふに宣し。

(405)朝食、肥濃の物ならば、晩食は必淡薄に宣し。晩食豊腴(ほうゆ)ならば、明朝の食はかろくすべし。

(406)諸の食物、陽気の生理ある新きを食ふべし。毒なし。日久しく歴(へ)たる陰気欝滞(うったい)せる物、食ふべからず。害あり。煮過してにえばな(320)を失へるも同じ。

(407) 一切の食、陰気の欝滞せる物は毒あり。くらふべからず。郷党篇(きょうとうへん)にいへる、聖人の食し給はざる物、皆、陽気を失て陰物となれるなり。穀肉 などふたをして時をへるは、陰鬱の気にて味を変ず。魚鳥の肉など久しく時をへたる、又、塩につけて久しくして、色臭(か)味変ず。是皆陽気を失へる也。菜 蔬(さいそ)など久しければ、生気を失ひて味変ず。此如なるは皆陰物なり。腸胃に害あり。又、害なきも補養をなさず。水など新に汲むは陽気さかんにて、生 気あり。久しきを歴(ふ)れば陰物となり、生気を失なふ。一切の飲食、生気を失ひて、味と臭(か)と色と少にても、かはりたるは食ふべからず。ほして色か はりたると、塩に浸して不損とは、陰物にあらず食ふに害なし。然共、乾物の気のぬけたると、塩蔵の久して、色臭(か)味変じたるも皆陰物也。食ふべから ず。

(408)夏月、暑中にふたをして、久しくありて、熱気に蒸欝(むしうつ)し、気味悪しくなりたる物、食ふべからず。冬月、霜に打れたる菜、又、のきの下に生じたる菜、皆くらべからず。是皆陰物なり。

(409)瓜は風涼の日、及秋月清涼の日、食ふべからず。極暑の時食ふべし。

(410)炙もち(311)・炙肉すでに炙りて、又、熱湯に少ひたし、火毒を去りて食ふべし。然れずは津液(しんえき:つばき)をかはかす。又、能喉痺(よくこうひ:慢性咽頭疾患)を発す。

(411)茄子、本草等の書に、性好まずと云。生なるは毒あり、食ふべからず。煮たるも瘧痢(ぎゃくり:急性下痢)傷寒(しょうかん:高熱疾患)などに は、誠に忌むべし。他病には、皮を去切(さりきり)て米みず(411)(しろみず:米のとぎ水)に浸し、一夜か半日を歴(へ)てやはらかに煮て食す。害な し。葛粉、水に溲(こね)て、切て線条(せんじょう)とし、水にて煮、又、みそ(334)汁に鰹魚(かつお)の末(まつ)を加へ、再煮て食す。瀉を止め、 胃を補ふ。保護に益あり。

(412) 胃虚弱の人は、蘿蔔(だいこん)、胡蘿蔔(にんじん)、芋、薯蕷(やまのいも)、牛蒡(ごぼう)などうすく切てよく煮たる、食ふべし。大にあつくきりたる と、煮ていまだ熟せざると、皆、脾胃(ひい)をやぶる。一度うすみそか、うすじょうゆにて煮、其汁にひたし置、半日か、一夜か間置て、再前の汁にて煮れ ば、大に切りたるも害なし、味よし。鶏肉、野猪(やちょ)肉なども此如くすべし。

(413)蘿蔔は菜中の上品也。つねにに食ふべし。葉のこはきをさり、やはらかなる葉と根と、みそ(334)にて煮熟して食ふ。脾を補ひ痰(たん)を去り、気をめぐらす。大根の生しく辛きを食すれば、気へる。然ども食滞ある時、少食して害なし。

(414) 菘(な)は京都のはたけ菜水菜、いなかの京菜也。蕪(かぶ)の類也。世俗あやまりて、ほりいりなと訓ず。味よけれども性よからず。仲景日(く)、「薬中に 甘草ありて、菘を食へば病除かず。根は九十月の比(ころ)食へば味淡くして可也。うすく切てくらふべし、あつく切たるは気をふさぐ。十一月以後、胃虚の人 くらへば滞塞(たいそく)す」。

(15)諸菓、寒具(ひがし)など、炙(あぶり) 食へば害なし。味も可也。甜瓜(あまうり)は核(さね)を去て蒸食す。味よくして胃をやぶらず。熟柿も木練も皮共に、熱湯にてあたヽめ食すべし。乾柿(ほ しがき)はあぶり食ふべし。皆、脾胃虚の人に害なし。梨子(なし)は大寒なり。蒸煮て食すれば、性やはらぐ。胃虚寒の人は、食ふべからず。

(416)人は病症によりて禁宣(きんぎ)の食物各(おのおの)かはれり。よく其物の性を考がへ、其病に随ひて精(くわ)しく禁宣を定むべし。又、婦人懐胎(かいたい)の間、禁物多し。かたく守らしむべし。

(417)豆腐には毒あり。気をふさぐ。されども新しきをにて、にえばな(320)を失はざる時、早く取あげ、生だいこん(4170,4171)のおろしたるを加へ食すれば害なし。

(418)前食未だ消化せんば、後食相つぐべからず。

(419) 薬を服す時、あまき物、油膩(ゆに)の物、獣の肉、諸菓、もち(311)、餌(だんご)、生冷の物、一切気を塞ぐ物、食うべからず。服薬の時多食へば薬力 とヾこほりて力なし。酒は只一盞(さん)に止るべし。補薬を服する日、ことさら此類いむべし。凡(およそ)薬を服する日は、淡き物を食して薬力をたすくす べし、味こき物を食して薬力を損ずべからず。

(420)だいこん (4170,4171)、菘、薯蕷(やまのいも)、芋、慈姑(くわい)、胡蘿蔔(にんじん)、南瓜(ぼぶら)、大葱白(ひともじのしろね)等の甘き菜は、 大に切て煮食すれば、つかへて気をふさぎ、腹痛す。薄く切べし。或(あるいは)辛き物をくはへ、又、物により酢を少(すこし)加るもよし。再び煮る事を右 に記せり。又、此如の物、一時に二三品くらふべからず。又、甘き菜の類、およそつかえやすき物、つヾけ食ふべからず。生魚、肥肉、厚味の物つづけ食ふべか らず。

(421)薑(はじかみ:しょうが)を八九月食へば、来春眼をうれふ。

(422)豆腐、菎蒻(こんにゃく)、薯蕷(やまのいも)、芋、慈姑(くわい)、蓮根などの類、豆油(しょうゆ)にて煮たるもの、既に冷へて温ならざるは食ふべからず。

(423)暁の比(ころ)、腹中鳴動し、食つかへて腹中不快ば、朝食を減ずべし。気をふさぐ物、肉、菓など食ふべからず。酒を飲べからず。

(424)飲酒の後、酒気残らば、もち(311)、餌(だんご)、諸穀食、寒具(ひがし)、諸菓、醴(あまざけ)、にごりざけ(424)、油膩(ゆに)の物、甘き物、気をふさぐ物、飲食すべからず。酒気めぐりつきて後、飲食すべし。

(425)鳥獣のこはき肉、前日より豆油(しょうゆ)及みそ(334)汁を以煮て、その汁を用ひて翌日再煮れば、大に切たるも、やはらかになりて味よし。つかえず。蘿蔔(だいこん)も亦同じ。

(426)鶻突羹(こつとつこう)は鮒魚(ふな:426)をうすく切て、山椒などくはへ、味噌にて久しく煮たるを云。脾胃(ひい)を補ふ。脾虚(ひきょ)の人、下血(げけつ)する病人などに宣し。大に切たるは気をふさぐ、あしヽ。

(427)凡諸菓の核(さね)いまだ成ざるをくらふべからず、菓(このみ)に双仁(そうじん)ある物、毒あり。山椒、口をとぢて開かざるは、毒あり。

(428)怒(いかり)の後、早すべからず。食後、怒るべからず。憂ひて食すべからず。食して憂ふべからず。

(429)腹中の食いまだ消化せざるに、又食すれば、性よき物も毒となる。腹中、空虚になりて食すべし。

(430)永夜、寒甚(はなはだし)き時、もし夜飲食して寒を防ぐに宣しくば、晩饌(ばんせん)の酒飯を、数口減ずべし。又、やむ事を得ずして、人の招に 応じ、夜話に、人の許(もと)にゆきて食客とならば、晩そん(430)(ばんそん)の酒食をかさねて減ずべし。此如かにして、夜少飲食すればやぶれなし。 夜食は、朝晩より進みやすし。心に任せて恣(ほしいまま)にすべからず。

(431)朝夕の食、塩味をくらふ事すくなければ、のんどかはかず、湯茶を多くのまず。脾に湿を生ぜずして、胃気発生しやすし。

(432)中華、朝鮮の人は、脾胃つよし。飯多く食し、六蓄の肉を多く食つても害なし。日本の人は是にことなり、多く穀肉を食すれば、やぶられやすし。是日本人の異国の人より体気(たいき)よはき故也。

(433)空腹に、生菓食ふべからず。つくり菓子、多く食ふべからず。脾胃の陽気を損ず。

(434)労倦(ろうけん)して多く食すれば、必眠り臥す事をこのむ。食して即臥(そくが)し、ねむれば、食気塞りてめぐらず、消化しがたくして病となる。故に労倦したる時は、くらふべからず。労をやめて後、食ふべし。食してねむらざるがため也。

(435) 古今医統(ここんいとう)に、百病の横夭(おうよう)は多く飲食による。飲食の患(うれい)は色欲に過たりといへり。色慾は楢も絶べし。飲食は半日もたつ べからず。故飲食のためにやぶらるヽ事多し。食多ければ積聚(しゃくじゅ)となり、飲多ければ痰癖(たんぺき)となる。

(436) 病人の甚食せん事をねがふ物あり。くらひて害に成食物、又、冷水などは願に任せがたし。然共(しかれども)病人のきはめてねがふ物を、のんどにのみ入ずし て、口舌に味はヽしめて其願を達するも、志を養ふ養生の一術也。およそ飲食を味はひてしるは舌なり。のんどにあらず。口中にかみて、しばしふくみ、舌に味 はひて後は、のんどにのみこむも、口に吐出すも味をしる事は同じ。穀、肉、酒、羹、酒は、腹に入て臓腑(ぞうふ)を養なふ。此外の食は、養のためにあら ず。のんどにのまず、腹に入らずとも有なん。食して身に害ある食物といへど、のんどに入(いら)ずして口に吐出せば害なし。冷水も同じ。久しく口にふくみ て舌にこヽろみ、吐出せば害なし。水をふくめば口中の熱を去り、牙歯(がし)を堅くす。然共、むさぼり多くしてつヽしまざる人には、此法は用がたし。

(437)多く物、諸のもち(311)、餌(もち)、ちまき(4370)、寒具(ひがし)、冷麪、麪類、饅頭、河濡(そばきり)、砂糖、醴(あまざけ)、 焼酒、赤小豆(あずき)、酢、豆油(しょうゆ)、*魚(鮒:426)、泥鰌(どじょう)、蛤蜊(はまぐり)、鰻*(うなぎ)(4371)、鰕(えび)、章 魚(たこ)、烏賊(いか)、鯖(さば)、鰤魚(ぶり)、しおから(338)、海鰌(くじら)、だいこん(417)、胡蘿蔔(にんじん)、薯蕷(やまのい も)、菘根(な)、蕪菁(かぶら)、油膩(ゆに)の物、肥濃(ひのう)の物。

(438) 老人、虚人、物、一切生冷の物、堅硬の物、稠黏(ちゅうねん)の物、油膩(ゆに)の物、冷麪、冷てこはき'もち'、餌(だんご)、粽(ちまき)、冷饅頭、 并(ならびに)皮、糯飯(こわいい)、生味噌、醴(あまざけ)の製法好(よ)からざると、冷なると。海鰌(くじら)、海鰮(いわし)、鮪(しび)、梭魚 (かます)、諸生菓、皆脾胃(ひい)発生の気をそこなふ。

(439)凡(すべ て)の人、食ふべからざる物、生冷の物、堅硬の物、未だ熟せぬ物、ねばき物、ふるくして気味の変じたる物、製法心に叶はざる物、塩からき物、酢の過たる 物、にえばな(320)を失へる物、臭(か)悪き物、色悪き物、味変じたる物、魚餒(あざれ)、肉敗たる、豆腐の日をへたると、味あしきと、にえばな (320)を失へると、冷たると、索麪(そうめん)に油あると、諸品煮て未だ熟せずと、灰(あく)有る酒、酸味ある酒、いまだ時ならずして熟せざる物、す でに時過たる物、食ふべからず。夏月、雉(きじ)食ふべからず。魚鳥の皮こはき物、脂(あぶら)多き物、甚なまぐさき物、諸魚二目同じからざる物、腹下に 丹の字ある物、諸鳥みづから死して足伸ざる物、諸獣毒箭(どくや)にあたりたる物、諸鳥毒をくらつて死したる物、肉の脯(ほじし)、屋濡水(あまだりみ ず)にぬれたる物、米器の内に入置たる肉、肉汁を器に入置て、気をとじたる物、皆毒あり。肉の脯(ほじし)、並塩につけたる肉、夏をへて臭味(しゅうみ) あしき、皆食ふべからず。

(440)いにしへ、もろこしに食医の官あり。食養によつて百病を治すと云。今とても食養なくんばあるべからず。殊(ことに)老人は脾胃よはし、尤(もつとも)食養宣しかるべし。薬を用(もちう)るは、やむ事を得ざる時の事也。

(441)同食(くいあわせ)の禁忌多し、其要(おも)なるをこヽに記す○猪(ぶた)肉に、生薑(しょうが)、蕎麦(そば)、こすい(胡*) (4410)、炊豆(いりまめ)、梅、牛肉、鹿(ろく)肉、鼈(すっぽん)、鶴、鶉(うずら)をいむ○牛肉に黍(きび)、韮(にら)、生薑、栗子をいむ○ 兎肉に生薑、橘皮、芥子(からし)、鶏、鹿(しし)、獺(かわうそ)○鹿に生菜、鶏、雉(きじ)、鰕(えび)をいむ○鶏肉と鶏子(たまご)とに芥子(から し)、蒜(にんにく)、生葱、糯米(もちごめ)、李子(すもも)、魚汁、鯉(こい)魚、兎、獺、鼈、雉を忌(いむ)○雉肉に蕎麦、木耳(きくらげ)、胡桃 (くるみ)、鮒、鮎魚(なまず)、をいむ○野鴨(かも)に胡桃(くるみ)、木耳(きくらげ)をいむ○鴨子(あひるのたまご)に、李子、鼈肉○雀肉(すず め)に李子、醤(ひしお)○鮒に芥子、蒜(にら)、あめ(4411)、鹿、芹(せり)、鶏、雉○魚酢(うおのすし)に麦醤(むぎひしお)、蒜(にんに く)、緑豆(ぶんどう)○鼈肉にひゆ (343)菜、芥子(からし)菜、桃子(もも)鴨(あひる)肉○蟹に柿、橘、棗(なつめ)○李子に蜜を忌(いむ)○橙、橘に獺(かわうそ)肉○棗に葱(ひ ともじ)○枇杷(びわ)に熱麪○楊梅(やまもも)に生葱(ねぎ)○銀杏(ぎんなん)に鰻*(うなぎ)(4371)○諸瓜に油餅○黍(きび)米に蜜○緑豆 (ぶんどう)に榧子(かや)を食し合すれば人を殺す○ひゆ(343)に蕨(わらび)○乾筍(かんじゅん)に砂糖○紫蘇茎葉と鯉魚(こい)○草石蠶(ちょう ろぎ)と諸魚○魚鱠(なます)と瓜、冷水○菜瓜と魚鱠と一にすべからず○鮓(すし)肉に髪有るは人を害す○麦醤、蜂蜜と同食すべからず○越瓜(しろうり) と鮓肉○酒後に茶を飲べからず腎をやぶる○酒後芥子及辛き物を食へば筋骨を緩くす○茶と榧(かや)と同時に食へば、身重し○和俗の云、蕨粉(わらびこ)を 餅とし緑豆を'あん'にして食へば、人殺す。又日(いう)、このしろ(*魚)(4412)を、木棉子(わたざね)の火にて、やきて食すれば人を殺す。又 日、胡椒(こしょう)と沙菰米(さごべ)と同食すれば人を殺す。又胡椒と桃、李、楊梅(やまもも)同食すべからず。又日、松簟(まつたけ)を米を貯(たく わえ)る器中に入おけるを食ふべからず。又日、南瓜(ぼぶら)を、魚膾(なます)に合せ食すべからず。

(442)黄ぎ(115)(おうぎ:強壮剤の一)を服する人は、酒を多くのむべからず。甘草(かんぞう)を服する人は、菘菜(な)を食ふべからず。地黄 (ぢおう)を服するには、蘿蔔(だいこん)、蒜(にんにく)、葱(ひともじ)の三白をいむ。菘(な)は忌(いま)ず。荊芥(けいがい)を服するには生魚を いむ。土茯苓(さんきらい)を服するには茶をいむ。凡(およそ)、此如類はかたく忌むべし。薬と食物とのおそれいむは、自然の理なり。まちん(番木*)の 鳥を殺し、磁石の針を吸の類も、皆天然の性也。此理疑ふべからず。

(443) 一切の食物の内、園菜(そののな)、極めて穢(けがら)はし。其根葉に久しくそみ入たる糞汚(ふんお)、にはかに去がたし、水桶を定め置、水を多く入て菜 をひたし、上におもりをおき、一夜か一日か、つけ置取出し、印子(はけ)を以てその根葉茎をすり洗ひ、清くして食すべし。此事、近年、李笠翁(りりゅうお う)が書に見えたり。もろこしには、神を祭るに園菜を用ひずして、山菜水菜を用ゆ。園菜も、瓜、茄子(なすび)、壺盧(ゆうがお)、冬瓜(とうが)などは けがれなし。

飲酒

(444) 酒は天の美禄なり。少のめば陽気を助け、血気をやはらげ、食気をめぐらし、愁(うれい)を去り、興を発して、甚人に益あり。多くのめば、又よく人を害する 事、酒に過たる物なし。水火の人をたすけて、又よく人に災あるが如し。邵尭夫(しょうぎょうふ)の詩に、「美酒を飲て微酔せしめて後」、といへるは、酒を 飲の妙を得たりと、時珍(じちん)いへり。少のみ、少酔へるは、酒の禍なく、酒中の趣を得て楽多し。人の病、酒によって得るもの多し。酒を多くのんで、飯 をすくなく食ふ人は、命短し。かくのごとく多くのめば、天の美禄を以、却て身をほろぼす也。かなしむべし。

(445) 酒を飲には、各(おのおの)人によつてよき程の節あり。少のめば益多く、多くのめば損多し。性謹厚なる人も、多飲を好めば、むさぼりてみぐるしく、平生の 心を失ひ、乱に及ぶ。言行ともに狂せるがごとし。其平生とは似ず、身をかへり見慎むべし。若き時より早くかへり見て、みずから戒しめ、父兄もはやく子弟を 戒(いまし)むべし。久しくならへば性となる。くせになりては一生改まりがたし。生れ付て飲量すくなき人は、一二盞(さん)のめば、酔て気快く楽(たのし み)あり。多く飲む人と其楽同じ。多飲するは害多し。白楽天が詩に、「一飲一石の者。徒に多を以て貴しと為す。其の酩酊の時に及て。我与亦異ること無し。 笑て謝す多飲の者。酒銭徒に自ら費す」といへるはむべ也。

(446)凡(そ)酒はただ朝夕の飯後にのむべし。昼と夜と空腹に飲べからず。皆害あり。朝間空腹にのむは、殊更脾胃をやぶる。

(447) 凡(そ)酒は夏冬ともに、冷飲熱飲に宣しからず。温酒をのむべし。熱飲は気升(のぼ)る。冷飲は痰をあつめ、胃をそこなふ。丹渓は、酒は冷飲に宣しといへ り。然れ共多くのむ人、冷飲すれば脾胃を損ず。少飲む人も、冷飲すれば、食気を滞らしむ。凡酒をのむは、其温気をかりて、陽気を助け、食滞をめぐらさんが ため也。冷飲すれば二の益なし。温酒の陽を助け、気をめぐらすにしかず。

(448)酒をあたヽめ過してじん(=にえばな)(320)を失へると、或温めて時過、冷たると、二たびあたヽめて味の変じたると、皆脾胃をそこなふ。のむべからず。

(449) 酒を人にすヽむるに、すぐれて多く飲む人も、よき程の節をすぐせばくるしむ。若(もし)その人の酒量をしらずんば、すこししひて飲しむべし。其人辞しての まずんば、その人にまかせて、みだりにしひずして早くやむべし。量にみたず、すくなくて無興(ぶきょう)なるは害なし。すぎては必人に害あり。客に美饌を 饗しても、みだりに酒をしひて苦ましむるは情なし。大に酔しむべからず。客は、主人しひずとも、つねよりは少多くのんで酔べし。主人は酒を妄(みだり)に しひず。客は、酒を辞せず。よき程にのみ酔て、よろこびを合せて楽しめるこそ、是宣しかるべけれ。

(450) 市にかふ酒に、灰を入たるは毒あり。酸味あるも飲べからず。酒久しくなりて味変じたるは毒あり。のむべからず。濁酒のこきは脾胃に滞り、気をふさぐ。のむ べからず。醇酒の美なるを、朝夕飯後に少のんで、微酔すべし。醴酒(れいしゅ:あまざけ)は製法精(くわし)きを少熱飲すれば、胃を厚くす、あしきを冷飲 すべからず。

(451)五湖漫聞(ごこまんぶん)といへる書に、多く長寿の人の 姓名と年数を載て、「其人皆老に至て衰ず。之問ふ皆酒を飲まず」といへり。今わが里の人を試みるに、すぐれて長寿の十人に九人は皆酒を飲ず人なり。酒を多 く飲む人の長寿なるはまれなり。酒は半酔にのめば長生の薬となる。

(452)酒をのむに、甘き物をいむ。又、酒後辛き物をいむ。人の筋骨をゆるくす。酒後焼酒をのむべからず。或一時に合のめば、筋骨をゆるくし煩悶す。

(453) 焼酒(しょうちゅう)は大毒あり、多く飲べからず。火を付てもえやすきを見て、大熱なる事を知るべし。夏月は、伏陰内にあり、又、表ひらきて酒毒肌に早く もれやすき故、少のんでは害なし。他月はのむべからず。焼酒にて造れる薬酒多く呑べからず、毒にあてらる。薩摩のあはもり、肥前の火の酒、猶、辛熱甚し。 異国より来る酒、のむべからず、性しれず、いぶかし。焼酒をのむ時も、のんで後にも熱物を食すべからず。辛き物焼味噌など食ふべからず。熱湯のむべから ず。大寒の時も焼酒をあたヽめ飲べからず。大に害あり。京都の南蛮酒も焼酒にて作る。焼酒の禁(いましめ)と同じ。焼酒の毒にあたらば、緑豆(ぶんどう) 粉、砂糖、葛粉、塩、紫雪など、皆冷水にてのむべし。温湯をいむ。

飲茶 烟草附

(454)茶、上代はなし。中世もろこしよりわたる。其後、玩賞して日用かくべからざる物とす。性冷にして気を下し、眠をさます。陳臓器は、久しくのめば 痩てあぶらをもらすといへり。母けい(ぼけい)(454)、東坡(とうば)、李時珍など、その性よからざる事をそしれり。然ども今の世、朝より夕まで、日 々茶を多くのむ人多し。のみ習へばやぶれなきにや。冷物なれば一時に多くのむべからず。抹茶は用る時にのぞんでは、炊(い)らず煮ず、故につよし。煎茶 は、用る時炒て煮る故、やはらかなり。故につねには、煎茶を服すべし。飯後に熱茶少のんで食を消し、渇をやむべし。塩を入てのむべからず。腎をやぶる。空 腹に茶を飲べからず。脾胃を損ず。濃茶は多く呑べからず。発生の気を損ず。唐茶は性つよし。製する時煮ざればなり。虚人病人は、当年の新茶、のむべから ず。眼病、上気、下血、泄瀉(せつしゃ)などの患(うれい)あり。正月よりのむべし。人により、当年九十月よりのむも害なし。新茶の毒にあたらば、香蘇 散、不換金、正気散、症によりて用ゆ。或白梅、甘草、砂糖、黒豆、生薑(しょうが)など用ゆべし。

(455)茶は冷也。酒は温也。酒は気をのぼせ、茶は気を下す。酒に酔へばねむり、茶をのめばねむりさむ。その性うらおもて也。

(456)あつものも、湯茶も、多くのむべからず。多くのめば脾胃に湿を生ず。脾胃は湿をきらふ。湯茶、あつものを飲む事すくなければ、脾胃の陽気さかんに生発して、面色光りうるはし。

(457)薬と茶を煎ずるに、水をえらぶべし。清く味甘きをよしとす。雨水を用るも味よし。雨中に浄器を庭に置てとる。地水にまさる。然共是は久しくたもたず。雪水を尤(もっとも)よしとす。

(458)茶を煎ずる法、よはき火にて炊り、つよき火にて煎ず。煎ずるに、堅き炭のよくもゆるを、さかんにたきて煎ず。たぎりあがる時、冷水をさす。此如 すれば、茶の味よし。つよき火にて炊るべからず。ぬるくやはらかなる火にて煎ずべからず。右は皆もろこしの書に出たり。湯わく時、よくい(458:ジュズ ダマ)の生葉を加へて煎ずれば、香味尤よし。性よし。本草に、「暑月煎じのめば、胃を暖め気血をます」。

(459)大和国中は、すべて奈良茶を毎日食す。飯に煎茶をそヽぎたる也。赤豆(あずき)、ささげ(*豆)(459)、蚕豆(そらまめ)、緑豆、陳皮、栗子(くり)、零余子(むかご)など加へ、点じ用ゆ。食を進め、むねを開く。

(460)たばこは、近年、天正、慶長の比、異国よりわたる。淡婆姑(たんばこ)は和語にあらず。蛮語也。近世の中華の書に多くのせたり。又、烟草と云。 朝鮮にては南草と云。和俗これを莨とう(460)とするは誤れり。ろうとうは別物なり。烟草は性毒あり。煙をふくみて眩ひ倒るヽ事あり。習へば大なる害な く、少は益ありといへ共、損多し。病をなす事あり。又、火災のうれひあり。習へばくせになり、むさぼりて後には止めがたし。事多くなり、いたつがはしく家 僕を労す。初よりふくまざるにしかず。貧民は費(ついえ)多し。

色慾を慎む

(461) 素問に、「腎者五臓の本」、といへり。然らば養生の道、腎を養ふ事をおもんずべし。腎を養なふ事、薬補をたのむべからず。只精気を保つてへらさず、腎気を おさめて動かすべからず。論語に曰(く)、わかきときは血気方(まさに)壮なり。「之を戒むること、色にあり」。聖人の戒守るべし。血気さかんなるにまか せ、色欲をほしいまゝにすれば、必(ず)先(ず)礼法をそむき、法外を行ひ、恥辱を取て面目をうしなふ事あり。時過て後悔すれどもかひなし。かねて、後悔 なからん事を思ひ、礼法をかたく慎むべし。況(いわんや)精気をついやし、元気をへらすは、寿命を短くする本なり。おそるべし。年若き時より、男女の慾ふ かくして、精気を多くへらしたる人は、生れ付さかんなれ共、下部の元気すくなくなり、五臓の根本よはくして、必短命なり。つゝしむべし。飲食・男女は人の 大慾なり。恣になりやすき故、此二事、尤かたく慎むべし。是をつつしまざれば、脾腎の真気へりて、薬補・食補のしるしなし。老人は、ことに脾腎の真気を保 養すべし。補薬のちからをたのむべからず。

(462)男女交接の期(ご)は、孫思ばく(250)が千金方曰(く)。「人、年二 十者は四日に一たび泄す。三十者は八日に一たび泄す。四十者は十六日に一拙す。五十者は二十日に一泄す。六十者は精をとぢてもらさず。もし体力さかんなら ば、一月に一たび泄す。気力すぐれて盛なる人、慾念をおさへ、こらへて、久しく泄さざれば、腫物を生ず。六十を過て慾念おこらずば、とぢてもらすべから ず。わかくさかんなる人も、もしよく忍んで、一月に二度もらして、慾念おこらずば長生なるべし」今案ずるに、千金方にいへるは、平人の大法なり。もし性虚 弱の人、食すくなく力よはき人は、此期にかかはらず、精気をおしみて交接まれなるべし。色慾の方に心うつれば、あしき事くせになりてやまず。法外のありさ ま、はづべし。つひに身を失ふにいたる。つつしむべし。右、千金方に、二十歳以前をいはざるに意あるべし。二十以前血気生発して、いまだ堅固ならず、此時 しばしばもらせば、発生の気を損じて、一生の根本よはくなる。

(463)わかく盛なる人は、殊に男女の情慾、かたく慎しんで、過すくなかるべし。慾念をおこさずして、腎気をうごかすべからず。房事を快くせんために、烏頭付子等の熱薬のむべからず。

(464)達生録曰(く)、男子、年二十ならざる者、精気いまだたらずして慾火うごきやすし。たしかに交接を慎むべし。

(465) 孫真人が千金方に、房中補益説あり。年四十に至らば、房中の術を行ふべしとて、その説、頗(すこぶる)詳(つまびらか)なり。その大意は、四十以後、血気 やうやく衰ふる故、精気をもらさずして、只しばしば交接すべし。如此(かくのごとく)すれば、元気へらず、血気めぐりて、補益となるといへる意(こころ) なり。ひそかに、孫思ばく(250)がいへる意をおもんみるに、四十以上の人、血気いまだ大に衰へずして、槁木死灰の如くならず、情慾、忍びがたし。然る に、精気をしばしばもらせば、大に元気をついやす故、老年の人に宜しからず。ここを以、四十以上の人は、交接のみしばしばにして、精気をば泄すべからず。 四十以後は、腎気やうやく衰る故、泄さざれども、壮年のごとく、精気動かずして滞らず。此法行ひやすし。この法を行へば、泄さずして情慾はとげやすし。然 れば、是気をめぐらし、精気をたもつ良法なるべし。四十歳以上、猶血気甚衰へざれば、情慾をたつ事は、忍びがたかるべし。忍べば却て害あり。もし年老てし ばしばもらせば、大に害あり。故に時にしたがって、此法を行なひて、情慾をやめ、精気をたむつべし、とや。是によって精気をついやさずんば、しばしば交接 すとも、精も気も少ももれずして、当時の情欲はやみぬべし。是古人の教、情欲のたちがたきをおさへずして、精気を保つ良法なるべし。人身は脾胃の養を本と すれども、腎気堅固にしてさかんなれば、丹田の火蒸上げて、脾土の気も亦温和にして、盛になる故、古人の曰、「脾を補ふは、腎を補なふにしかず」。若年よ り精気ををしみ、四十以後、弥(いよいよ)精気をたもちてもらさず、是命の根源を養なふ道也。此法、孫思ばく(250)後世に教へし秘訣にて、明らかに千 金方にあらはせ共、後人、其術の保養に益ありて、害なき事をしらず。丹溪が如き大医すら、偏見にして孫真人が教を立し本意を失ひて信ぜず。此良術をそしり て曰(く)、聖賢の心、神仙の骨(こつ)なくんば、未易為。もし房中を以(て)補とせば、人を殺す事多からんと、各致余論にいへり。聖賢・神仙は世に難有 ければ、丹溪が説の如くば、此法は行ひがたし。丹溪が説うたがふべき事猶多し。才学高博にして、識見、偏僻なりと云うべし。

(466)情慾をおこさずして、腎気動かざれば害なし。若(し)情慾をおこし、腎気うごきて、精気を忍んでもらさざれば、下部に気滞りて、瘡セツ (466)を生ず。はやく温湯に浴し、下部をよくあたたむれば、滞れる気めぐりて、鬱滞なく、腫物などのうれひなし。此術、又知るべし。

(467)房室の戒多し。殊に天変の時をおそれいましむべし。日蝕、月蝕、雷電、大風(たいふう)、大雨、大暑、大寒、虹げい(にじ)(467)、地震、 此時房事をいましむべし。春月、雷初て声を発する時、夫婦の事をいむ。又、土地につきては、凡神明の前をおそるべし。日・月・星の下、神祠の前、わが父祖 の神主の前、聖賢の像の前、是皆おそるべし。且我が身の上につきて、時の禁あり。病中・病後、元気いまだ本復せざる時、殊(ことに)傷寒、時疫、瘧疾(お こり)の後、腫物、癰疽いまだいえざる時、気虚、労損の後、飢渇の時、大酔・大飽の時、身労動し、遠路行歩につかれたる時、忿(いかり)・悲、うれひ、驚 きたる時、交接をいむ。冬至の前五日、冬至の後十日、静養して精気を泄すべからず。又女子の経水、いまだ尽ざる時、皆交合を禁ず。是天地・地祇に対して、 おそれつつしむと、わが身において、病を慎しむ也。若是を慎しまざれば、神祇のとがめ、おそるべし。男女共に病を生じ、寿を損ず。生るる子も亦、形も心も 正しからず、或かたはとなる。禍ありて福なし。古人は胎教とて、婦人懐妊の時より、慎しめる法あり。房室の戒は胎教の前にあり。是天地神明の照臨し給ふ 所、尤おそるべし。わが身及妻子の禍も、亦おそるべし。胎教の前、此戒なくんばあるべからず。

(468)小便を忍んで房事を行なふべからず。龍脳・麝香を服して房に入べからず。

(469)入門曰、婦人懐胎の後、交合して慾火を動かすべからず。

(470)腎は五臓の本、脾は滋養の源也。ここを以、人身は脾腎を本源とす。草木の根本あるが如し。保ち養つて堅固にすべし。本固ければ身安し。

養生訓 巻第四終

巻第五
五官

(501) 心は人身の主君也。故天君(てんくん)と云(いう)。思ふ事をつかさどる。耳目口鼻形此五は、きくと、見ると、かぐと、物いひ、物くふと、うごくと、各其 事をつかさどる職分ある故に、五官と云。心のつかひ物なり。心は内にありて五官をつかさどる。よく思ひて、五官の是非を正すべし。天君を以て五官をつかふ は明なり。五官を以(もって)天君をつかふは逆なり。心は身の主なれば、安楽ならしめて苦しむべからず。五官は天君の命をうけ、各官職をよくつとめて、恣 (ほしいまま)なるべからず。

(502) つねに居る処は、南に向ひ、戸に近く、明なるべし。陰欝(いんうつ)にしてくらき処に、常に居るべからず、気をふさぐ。又かがやき過たる陽明の処も、つね に居ては精神をうばふ。陰陽の中にかなひ、明暗相半(なかば)すべし。甚(はなはだ)明るければ簾(すだれ)をおろし、くらければ簾をかかぐべし。

(503) 臥(ふす)には必(かならず)東首(ひがしまくら)して生気(しょうげ)をうくべし。北首(きたまくら)して死気をうくべからず。もし君父近きにあらば、あとにすべからず。

(504) 坐するには正坐すべし。かたよるべからず。燕居(えんきょ)には安坐すべし。膝をかゞむべからず。又よりより牀几(しょうぎ)にこしかけ居れば、気めぐりてよし。中夏の人は、つねにかくのごとくす。

(505) 常に居る室も常に用る器も、かざりなく質朴にして、けがれなく、いさぎよかるべし。居室は風寒をふせぎ、身をおくに安からしむべし。器は用をかなへて、事 かけざれば事たりぬ。華美を好めばくせとなり、おごりむさぼりの心おこりて、心を苦しめ、事多くなる。養生の道に害あり。坐する処、臥す処、少もすき間あ らばふさぐべし。すき間の風と、ふき通す風は、人のはだえに通りやすくして、病おこる。おそるべし。夜臥して耳辺に風の来る穴あらば、ふさぐべし。

(506) 夜ふすには必側(かたわら)にそばたち、わきを下にしてふすべし。仰(あお)のきふすべからず。仰のきふせば気ふさがりて、おそはるゝ事あり。むねの上に手をおくべからず。寝入て気ふさがりて、おそはれやすし。此二(ふたつ)いましむべし。

(507) 夜ふして、いまだね入らざる間は、両足をのべてふすべし。ねいらんとする前に、両足をかがめ、わきを下にして、そばだちふすべし。是を獅子眠(ししめん) と云。一夜に五度いねかへるべし。胸腹の内に気滞らば、足をのべ、むね腹を手を以しきりになで下し、気上る人は、足の大指を、しきりに多くうごかすべし。 人によりて、かくのごとくすれば、あくびをしばしばして、滞りたる邪気を吐出す事あり。大に吐出すをいむ。ね入らんとする時、口を下にかたぶけて、ふすべ からず。ねぶりて後よだれ出てあしし。あふのきてふすべからず。おそはれやすし。手の両の大指をかがめ、残る四の指にて、にぎりてふせば、手むねの上をふ さがずして、おそはれず。後には習となりて、ねぶりの内にもひらかず。此法 、病源候論と云医書に見えたり。夜臥(ふす)時に、のどに痰あらば必はくべし。痰あらばねぶりて後、おそはれくるしむ。老人は、夜臥す時、痰を去る薬をの むべし、と医書にいへるも、此ゆへなるべし。晩食夜食に、気をふさぎ痰をあつむる物、食ふべからず。おそはれん事をおそれてなり。

(508) 夜臥に、衣を以面をおほふべからず。気をふさぎ、気上る。夜臥に、燈をともすべからず。魂魄定まらず。もしともさば、燈をかすかにして、かくすべし。ねむるに口をとづべし。口をひらきてねむれば、真気を失なひ、又、牙歯早くをつ。

(509) 凡(そ)一日に一度、わが首(こうべ)より足に至るまで、惣身のこらず、殊につがひの節ある所、悉(ことごと)く人になでさすりおさしむる事、各所十遍な らしむべし。先百会の穴、次に頭の四方のめぐり、次に両眉の外、次に眉じり、又鼻ばしらのわき、耳の内、耳のうしろを皆おすべし。次に風池、次に項の左右 をもむ。左には右手、右には左手を用ゆ。次に両の肩、次に臂(ひじ)骨のつがひ、次に腕、次に手の十指をひねらしむ。次に背をおさへ、うちうごかすべし。 次に腰及腎堂をなでさする。次にむね、両乳、次に腹を多くなづる。次に両股、次に両膝、次に脛の表裏、次に足の踝(くるぶし)、足の甲、次に足の十指、次 に足の心(うら)、皆、両手にてなでひねらしむ。是(これ)寿養叢書の説也。我手にてみづからするもよし。

(510) 入門に曰(く)、導引の法は、保養中の一事也。人の心は、つねに静なるべし。身はつねに動かすべし。終日安坐すれば、病生じやすし。久く立、久く行より、久く臥、久く坐するは、尤(もっとも)人に害あり。

(511) 導引の法を毎日行へば、気をめぐらし、食を消して、積聚(しゃくじゅ)を生ぜず。朝いまだおきざる時、両足をのべ、濁気をはき出し、おきて坐し、頭を仰 (あおのき)て、両手をくみ、向(むこう)へ張出し、上に向ふべし。歯をしばしばたゝき、左右の手にて、項(うなじ)をかはるがはるおす。其次に両肩をあ げ、くびを縮め、目をふさぎて、俄(にわか)に肩を下へさぐる事、三度。次に面(かお)を、両手にて、度々なで下ろし、目を、目がしらより目じりに、しば しばなで、鼻を、両手の中指にて六七度なで、耳輪(じりん)を、両手の両指にて挟み、なで下ろす事六七度、両手の中指を両耳に入、さぐり、しばしふさぎて 両へひらき、両手をくみ、左へ引ときは、かうべ右をかへり見、右へ引ときは、左へかへりみる。 此如する事各三度。次に手の背にて、左右の腰の上、京門(けいもん)のあたりを、すぢかひに、下に十余度なで下し、次に両手を以、腰を按す。両手の掌(た なごころ)にて、腰の上下をしばしばなで下す。是食気をめぐらし、気を下す。次に手を以、臀の上を、やはらかに打事十余度。次に股膝を撫くだし、両手をく んで、三里(:膝頭の下)の辺をかゝえ、足を先へふみ出し、左右の手を前へ引、左右の足、ともに、此如する事しばしばすべし。次に左右の手を以、左右のは ぎ(511:すね)の表裏を、なで下す事数度。次に足の心(うら)湧泉(ゆせん)の穴と云、片足の五指を片手にてにぎり、湧泉の穴を左手にて右をなで、右 手にて左をなづる事、各数十度。又、両足の大指をよく引、残る指をもひねる。是術者のする導引の術なり。閑暇ある人は日々かくの如す。又、奴婢児童にをし へてはぎ(511)をなでさせ、足心(あしのうら)をしきりにすらせ、熱生じてやむ。又、足の指を引(ひか)しむ。朝夕此如すれば、気下り、気めぐり、足 の痛を治す。甚(はなはだ)益あり。遠方へ歩行せんとする時、又は歩行して後、足心(あしのうら)を右のごとく按(お)すべし。

(512)膝より下の、はぎのおもてうらを、人をして、手を以、しばしばなでくださせ、足の甲をなで、其後、足のうらを、しきりに多くなで、足の十指を引(ひか)すれば、気を下しめぐらす。みづからするは、尤(もっとも)よし。是良法なり。

(513) 気のよくめぐりて快き時に、導引按摩すべからず。又、冬月按摩をいむ事、内経に見えたり。身を労働して、気上る病には、導引、按摩ともにあしゝ。只身をし づかに動かし、歩行する事は、四時ともによし。尤(もっとも)飯後によろし。勇泉(ゆせん)の穴をなづる事も、四時ともによろし。

(514) 髪はおほくつけづるべし。気をめぐらし、上気をくだす。櫛の歯しげきは、髪ぬけやすくしてあしゝ。牙歯はしばしばたゝくべし。歯をかたくし、虫はまず。時 々両の手を合せ、すりてあたゝめ、両眼をあたゝめのすべし。目を明らかにし、風をさる。よつて髪ぎはより、下額と面を上より下になづる事二十七遍、古人、 両手はつねに面に在べしと云へるは、時々両手にて面をなづべしとなり。此の如すれば、気をめぐらし、上気をくだし、面色(かおいろ)をうるはしくす。左右 の中指を以、鼻の両わきを多くなで、両耳の根を多くなづべし。

(515)五更に おきて坐し、一手にて、足の五指をにぎり、一手にて足の心をなでさする事、久しくすべし。此如して足心(あしのうら)熱せば、両手を用ひて、両足の指をう ごかすべし。右の法、奴婢(ぬび)にも命じて、かくのごとくせしむ。或云(あるいはいう)、五更にかぎらず、毎夜おきて坐し、此如する事久しければ、足の 病なし。上気を下し、足よはく、立がたきを治す。久しくしておこたらざれば、脚のよはきをつよくし、足の立かぬるをよくいやす。甚しるしある事を古人いへ り。養老寿親書(ようろうじゅしんしょ)、及東坡(およびとうば)が説にも見えたり。

(516)臥す時、童子に手を以(もって)合せすらせ、熱せしめて、わが腎堂を久しく摩(なで)しめ、足心(あしのうら)をひさしく摩(なで)しむべし。みつ゛から如此するもよし。又、腎堂の下、臀(しり)の上を、しつ゛かにうたしむべし。

(517)毎夜ふさんとするとき、櫛(くし)にて髪をしきりにけつ゛り、湯にて足を洗ふべし。是よく気をめぐらす。又、臥(ふす)にのぞんで、熱茶に塩を加ヘ、口をすすぐべし。口中を清くし、牙歯(がし)を堅くす。下茶よし。

(518)入門に曰(いわく)、年四十以上は、事なき時は、つねに目をひしぎて宜し。要事なくんば、開くべからず。

(519) 衾炉(きんろ)は、炉上に、櫓(やぐら)をまうけ、衾(ふすま)をかけて火を入、身をあたたむ。俗に、こたつと云。是にあたれば、身をあたため過し、気ゆ るまり、身おこたり、気を上(のぼ)せ、目をうれふ。只(ただ)中年以上の人は、火をぬるくしてあたり、寒をふせぐべし。足を出して箕踞(ききょ)すべか らず。わかき人は用る事なかれ。わかき人は、厳寒の時、只(ただ)炉火に対し、又、たき火にあたるべし。身をあたゝめ過すべからず。

(520)凡(およそ)衣をあつくき、あつき火にあたり、あつき湯に浴し、久しく浴し、熱物を食して、身をあたゝめ過せば、気外(ほか)にもれて、気へり、気のぼる。是皆人の身に甚(はなはだ)害あり、いましむべし。

(521) 貴人の前に久しく侍べり、或(あるいは)公廨(くがい:役所)に久しく坐して、足しびれ、にはかに立(たつ)事ならずして、たふれふす事あり。立んとする 前より、かねて、みつ゛から足の左右の大指を、しばしば動し、のべかがめすべし。かやうにすれば、しびれなえずして、立がたきのうれひなし。平日、時々両 足(りょうそく)の大指を、のべかがめ、きびしくして、ならひとなれば、転筋(てんきん:コブラガエリ)のうれひなし。又、転筋したる時も、足の大指をし ばしば動かせばやむ。是急を治するの法なり。しるべし。上気する人も、両足をのべて、大指をしばしば動すべし、気下る。此法、又人に益あり。

(522)頭ノ辺リに火炉をおくべからず。気上る。

(523)東垣(とうえん)が曰(く)、にはかに風寒にあひて、衣うすくば、一身の気を、はりて、風寒をふせぎ、肌に入らしむべからず。

(524)めがねをあい靆(524)と云(いう)。留青日札(りゅうせいにっさつ)と云(いう)書に見えたり。又眼鏡(がんきょう)と云(いう)。四十歳 以後は、早くめがねをかけて、眼力を養ふべし。和水晶(わすいしょう)よし。ぬぐふにきぬを以(もって)、両指にて、さしはさみてぬぐふべし。或(あるい は)羅紗を以(もって)ぬぐふ。硝子(びいどろ)はくだけやすし。水晶におとれり。硝子は燈心にてぬぐふべし。

(525) 牙歯(がし)をみがき、目を洗ふ法、朝ごとに、まつ゛熱湯にて目を洗ひあたため、鼻中をきよめ、次に温湯にて口をすゝぎ、昨日よりの牙歯(がし)の滞(と どこおり)を吐すて、ほしてかは(わ)ける塩を用ひて、上下の牙歯(がし)と、はぐきをすりみがき、温湯をふくみ、口中をすゝぐ事ニ三十度、其間に、ま つ゛別の碗に、温湯を、あら布の小篩(こふるひ)を以(もって)こして入れ置、次に手と面(かお)をあらひ、おはりて、口にふくめる塩湯を、右のあら布の 小ぶるひにはき出し、こして碗に入、其塩湯を以(もって) 目を洗ふ事、左右各(おのおの)十五度(たび)、其後べちに入置きたる碗の湯にて、目を洗ひ、口をすすぐべし。是にておはる。毎朝かくのごとくにして、お こたりなければ、久しくして牙歯(がし)うごかず。老てもおちず。虫くはず。目あきらかにして、老にいたりても、目の病なく、夜、細字をよみ書く。是目と 歯とをたもつ良法なり。こゝろみて、其しるしを得たる人多し。予も亦(また)、此法によりて、久しく行なふゆへ、そのしるしに、今八十三歳にいたりて、猶 (なお)夜、細字をかきよみ、牙歯(がし)固くして一もおちず。目と歯に病なし。毎朝かくのごとくすれば、久しくして後は、ならひてむつ゛かしからず、牙 杖(ようじ)にて、牙歯(がし)をみがく事を用ひず。

(526)古人の曰(いわく)、歯の病は胃火(いか)ののぼる也。毎日時々、歯をたゝく事三十六度すべし。歯かたくなり、虫くはず。歯の病なし。

(527)わかき時、歯のつよきをたのみて、堅き物を食ふべからず。梅、楊梅(やまもも)の核(さね)などかみわるべからず。後年に、歯早くをつ。細字を多くかけば、目と歯とを損ず。

(528)牙杖(ようじ)にて、牙根をふかくさすべからず。根うきて、うごきやすし。

(529)寒月はおそくおき、暑月は早くおくべし。暑月も、風にあたり臥すべからず。ねぶりの内に、風にあたるべからず。ねぶりの内に、扇にてあふがしむべからず。

(530)熱湯にて、口をすゝぐべからず。歯を損ず。

(531)千金方曰(く)、食しおはるごとに、手を以(て)、面(かお)をすり、腹をなで、津液(しんえき)を通流すべし。行歩(こうほ)する事数百歩すべし。飲食して即臥せば百病生ず。飲食して仰(あおの)きに臥せば、気痞となる。

(532) 医説曰、食して後、体倦(う)むとも、即(ち)寝(いぬ)る事なかれ。身を運動し、二三百歩しづかに歩行して後、帯をとき、衣をくつろぎ、腰をのべて端坐 し、両手にて心腹を按摩して、たて横に往来する事、二十遍。又、両手を以、わき腰の間より、おさへなでて下る事、数十遍ばかりにして、心腹の気ふさがらし めず。食滞、手に随つて消化す。

(533)目鼻口は面上の五竅(ごきょう)に て、気の出入りする所、気もれやすし。多くもらすべからず。尾閭(びりょ)は精気の出る所なり。過て、もらすべからず。肛門は糞気の出る所、通利ありて滑 泄(こっせつ)をいむ。凡(そ)此七竅皆とぢかためて、多く気をもらすべからず。只耳は気の出入なし。然(れ)ども久しくきけば神をそこなふ。

(534) 瓦火桶と云物、京都に多し。桐火桶の製に似て大なり。瓦にて作る。高さ五寸四分、足は此外也。縦のわたり八寸三分、横のわたり七寸、縦横少(し)長短ある べし。或(は)形まるくして、縦横なきもよし。上の形まるき事、桐火桶のごとし。めぐりにすかしまどありて、火気をもらすべし。上に口あり、ふたあり。ふ たの広さ、よこ三寸、たて三寸余なるべし。まるきもよし。ふたに取手あり。ふた二三の内、一は取手なきがよし。やはらかなる灰を入置(いれおき)、用ゐん とする時、宵より小なる炭火を二三入て臥さむとする前より、早く衾(ふすま)の下に置、ふして後、足をのべてあたゝむべし。上気する人は、早く遠ざくべ し。足あたゝまらば火桶を足にてふみ退け、足を引てかゞめふすべし。翌朝おきんとする時、又足をのべてあたたむべし。又、ふたの熱きを木綿袋に入て、腹と 腰をあたゝむ。ふた二三こしらへ置、とりかへて腹、腰をあたゝむべし。取手なきふたを以ては、こしをあたゝむ。こしの下にしくべし。温石(おんじゃく)よ り速(すみやか)に熱くなりて自由なり。急用に備ふべし。腹中の食滞気滞をめぐらして、消化しやすき事、温石并(ならびに)薬力よりはやし。甚(はなは だ)要用の物なり。此事しれる人すくなし。

二便

(535)うへては坐して小便し、飽ては立て小便すべし。

(536)二便は早く通じて去べし。こらゆるは害あり。もしは不意に、いそがしき事出来ては、二便を去べきいとまなし。小便を久しく忍べば、たちまち小便 ふさがりて、通ぜざる病となる事あり。是を転ふ(てんふ:尿閉症)(5360)と云。又、淋(:頻尿)となる。大便をしばしば忍べば気痔となる。又、大便 をつとめて努力すべからず。気上り、目あしく、心(むね)さわぐ。害多し。自然(じねん)に任すべし。只津液を生じ、身体をうるほし、腸胃の気をめぐらす 薬をのむべし。麻仁(まにん)、胡麻、杏仁(きょうにん)、桃仁(とうにん)など食ふべし。秘結する食物、もち(5361:3種類のもちの総称)、柿、芥 子(からし)など禁じてくらふべからず。大便、秘するは、大なる害なし。小便久しく秘するは危うし。

(537)常に大便秘結する人は、毎日厠(かわや)にのぼり、努力せずして、成べきほどは少づつ通利すべし。如此すれば、久しく秘結せず。

(538)日月、星辰、北極、神廟に向つて、大小便すべからず。又、日月のてらす地に小便すべからず。凡(そ)天神、地祇、人鬼おそるべし。あなどるべからず。

洗浴

(539) 湯浴(ゆあみ)は、しばしばすべからず。温気過て肌開(えひら)け、汗出で気へる。古人、「十日に一たび浴す」。むべなるかな。ふかき盤(たらい)に温湯 少し入て、しばし浴すべし。湯あさければ温過(あたたかすぎ)ずして気をへらさず。盤ふかければ、風寒にあたらず。深き温湯に久しく浴して、身をあたため 過すべからず。身熱し、気上り、汗出(いで)、気へる。甚害あり。又、甚温なる湯を、肩背に多くそそぐべからず。

(540)熱湯(あつゆ)に浴(ゆあみ)するは害あり。冷熱はみづから試みて沐浴(もくよく)すべし。快(こころよき)にまかせて、熱湯に浴すべからず。気上りてへる。殊に目をうれふる人、こらへたる人、熱湯に浴すべからず。

(541)暑月の外、五日に一度沐(かみあら)ひ、十日に一度浴す。是(これ)古法なり。夏月に非ずして、しばしば浴すべからず。気、快といへども気へる。

(542) あつからざる温湯を少(し)盥(たらい)に入て、別の温湯を、肩背より少しづゝそゝぎ、早くやむれば、気よくめぐり、食を消す。寒月は身あたゝまり、陽気 を助く。汗を発せず。此如すれば、しばしば浴するも害なし。しばしば浴するには、肩背は湯をそゝぎたるのみにて、垢を洗はず、只下部(げぶ)を洗ひて早く やむべし。久しく浴し、身を温め過すべからず。

(543)うゑては浴すべからず。飽ては沐(かみあら)ふべからず。

(544) 浴場の盥の寸尺の法、曲尺(かね)にて竪(たて)の長二尺九寸、横のわたり二尺。右、何(いずれ)もめぐりの板より内の寸なり。ふかさ一尺三寸四分、めぐ りの板あつさ六分、底は猶(なお)あつきがよし。ふたありてよし。皆、杉の板を用ゆ。寒月は、上とめぐりに風をふせぐかこみあるべし。盤(たらい)浅けれ ば風に感じやすく、冬はさむし。夏も盤浅ければ、湯あふれ出てあしし。湯は、冬もふかさ六寸にすぐべからず。夏はいよいよあさかるべし。世俗に、水風炉 (ふろ)とて、大桶の傍に銅炉をくりはめて、桶に水ふかく入(いれ)て、火をたき、湯をわかして浴す。水ふかく、湯熱きは、身を温め過し、汗を発し、気を 上せへらす。大に害有(あり)。別の大釜にて湯をわかして入れ、湯あさくして、熱からざるに入り、早く浴しやめて、あたゝめ過さゞれば害なし。桶を出んと する時、もし湯ぬるくして、身あたゝまらずば、くりはめたる炉に、火を少したきてよし。湯あつくならんとせば、早く火を去(さる)べし。此如すれば害な し。

(545)泄痢(せつり)し、及食滞、腹痛に、温湯に浴し、身体をあたたむれば、気めぐりて病いゆ。 甚しるしあり。初発の病には、薬を服するにまされり。

(546) 身に小瘡ありて熱湯(あつゆ)に浴し、浴後、風にあたれば肌をとぢ、熱、内にこもりて、小瘡も、肌の中に入て熱生じ、小便通ぜず、腫る。此症、甚危し。お ほくは死す。つつしんで、熱湯に浴して後、風にあたるべからず。俗に、熱湯にて小瘡を内にたでこむると云う。左にはあらず、熱湯に浴し、肌表、開きたる故 に、風に感じやすし。涼風にて、熱を内にとづる故、小瘡も共に内に入るなり。

(547)沐浴(もくよく)して風にあたるべからず。風にあはゞ、はやく手を以、皮膚をなでするべし。

(548)女人、経水(けいすい)来(きた)る時、頭を洗ふべからず。

(549) 温泉は、諸州に多し。入浴して宜しき症あり。あしき症あり。よくもなく、あしくもなき症有。凡(およそ)此三症有。よくゑ(え)らんで浴すべし。湯治(と うじ)してよき病症は、外症なり。打身(うちみ)の症、落馬したる病、高き所より落て痛める症、疥癬(かいせん)など皮膚の病、金瘡(きんそう)、はれ物 の久しく癒(いえ)がたき症、およそ外病には神効(しんこう)あり。又、中風(ちゅうぶ)、筋引つり、しゞまり、手足しびれ、なゑたる症によし。内症には 相応せず。されども気鬱、不食、積滞(しゃくたい)、気血不順など、凡(およそ)虚寒(きょかん)の病症は、湯に入あたためて、気めぐりて宜しき事あり。 外症の速(すみやか)に効(しるし)あるにはしかず、かろく浴すべし。又、入浴して益もなく害もなき症多し。是は入浴すべからず。又、入浴して大に害ある 病症あり。ことに汗症(かんしょう)、虚労(きょ