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| DMになってしまたら、わずらってしまったことをクヨクヨしても仕方ありません。DMに限らずすべての病態についていえますが。なってしまってから、なってしまったいきさつは無意味でしかありません。
なぜなら、DMという病態自体、健常者にはまったくわかりません そしてDM治療というのは、これからの未来、合併症を(合併症を悪化させない=血管の老化防止毛細血管だけでばく動脈も)いかに食い止めるかであるからです。 ですから、これからどう生きるかではないでしょうか。たしかに原因や成因を研究してこれからの未来に生かすことや、新しい治療法のために原因究明は必要でしょうが(2型の場合、遺伝素因疾患と解明されています) なってしまった事実、そしてその事実をいかに直視できるかがDM人生について必要ではないでしょうか、たしかに、原因や成因によって治療方法も違いますが、それが自己弁護や言い訳する必要もないと思います。。 たしかに1型の場合、膵臓のβ細胞のインスリン(血糖下降)とα細胞のグルカゴン(血糖上昇)の分泌がないので、極端な低血糖や乱高下があり治療の難しさや、最悪、転帰などあり、1型の基準を明確にすることで「難病指定」や医療費の軽減(無料化)や就労など公的な法制化の必要はあると思います。(1型と2型は、まったく別の病態だと思います) (2型は上げるグルカゴン分泌があるので個人差や、分泌量にもよりますが、極端な低血糖や乱高下が少ない)ですが、考え方として病態(1型、2型)の区別と治療方針(1型専門医制度や小児DM専門医制度など)の必要性と、(血糖コントロールと血管障害(合併症)の予防及び治療は、治療方針は違いますので、高血糖状態(低血糖)の基本的対処法の指導(ストレスなど)、そして、1型患者と2型患者との相互理解が必須だと思います。(医療者の、1型2型の理解必須)できれば、糖尿病という病名の名称変更(1型は膵島機能障害など)(2型は糖尿病から高血糖症)も必要だと思います。 さて「糖尿病」であることを告げられ、それを他人に告げなければいけないのは事実ですが、この「糖尿病」このことを自然体で言える、そのような方のほうが、治療効果はいいのが事実です。ある意味、自己との戦いでありますから、こもりがちになりますが、このDMをあるがままに受け入れ、あるがままに吐き出すことができる精神力ではないでしょうか、これからDMになろうとする人には、この自分との戦いにすら挑戦権さえ与えられず(理解)発病されたときには、かなり悪化してしまっている事実、また、大きな視点でみれば、インスリンが高く、死にいくしかない国々もあります。
DMになったら必要なのは、DMを受け入れる精神力にあると思います。精神力でなにができるかというより、インスリン(飲み薬)を自然に打てる、DMのことを話せる、それだけのことです。DMをいかに自分の生活とあわせるか、そのような考え方だけのような気がしてなりません.。 あとは、毛細血管予防(合併症)と言う意味から、高血圧や、コレステロール、高脂血症(TG)や、肥満、これらに、症状にご注意ください。(シンドロ−ムX対策)
そしてDM治療は、いかによりよい生活(心)を営むかではないでしょうか?そしてDMという病態だけでなく、知らず知らず「心」の病にならないよう、自分と戦いですから、自力本願で(医者や家族は、他力を利用するだけで、他力は利用する程度にしましょぅ)お互い頑張りましょう。 DM生活をエンジョイしましょう |