ヒポクラテスの誓い

ヒポクラテス(紀元前450年頃から357年頃)のギリシャのお医者さんです


ヒポクラテスの誓い

医の実践を許された私は、全生涯を人道に捧げる。

恩師に尊敬と感謝を捧げる。

良心と威厳をもって医を実践する。

患者の秘密を厳守する。

医業の名誉と尊い伝統を保持する。

同僚は兄弟とみなし、人種、国家、社会的地位の何故によって、患者を差別しない。

人間の生命の受胎のはじまりを至上のものとして尊ぶ。

いかなる弾圧にあうとも人道に反した目的のために、我が知識を悪用しない。

以上は自由意志により、また名誉にかけて、厳粛に誓うものである。


 
 
糖尿病という名前は、このピポクラテスさんの、患者の病態を理解するために、当時全く完治しないはずの、この病態を、おしっこを何百人となめ、この、病態は糖尿病であるという「治験」をされたお医者さんです。(心臓)<ハート>や(癌<カンサー>などのほとんどの病態の発見者でもあります。

そして、その精神は今でもいかされていれば問題ないのですが、恩師を尊敬する=過去に治療された医療者と、死んでいく患者さんの敬意を表してます。この崇高な「誓い」を今、実践できるかどうか、現代では無理な部分もありますが、この精神を心から、もう一度、誓いをよみなおしてほしいものです。生きる、生命の受胎から、死へ人間は必ずいきます。

この誓いを私たち患者にあてはめても、十分通用する部分はないでしょうか。
生命の受胎、現在、出生率が下がってますが、女性が妊娠をするのは2.2人で今も昔もかわっていません、生命として産まれるのは、たった1人です。様々な簡易妊娠検査や堕胎技術、誓いにある「人道に反した知識を悪用しない」医療の発展とともに患者も利口になりましたが、DMに限らず、人間という尊厳を医療者、患者も忘れないようにしたいものです。

差別や偏見は、この生きる尊厳から逸脱した結果だと思います。この人種、国家、社会的地位の何故によって、患者を差別しないお金だけがすべての資本主義であろうとなかろうと生きる権利まで奪われてしまわないよう心から願いたいと思います。

DMですが、色々、改名や、生活習慣病とか、,なかなかわかりずらい名前ですが、2000年以上も前からの「糖尿病」おしっこもなめられない(気構え)、医療者(国)にいくら頼んでも無駄なように思います。なら、「トウニョービョー」この名前のほうがヒポクラテスさんに敬意を表しマシなような気もします。患者、家族、そして国家や医療者とともに心からよりよくしていきたいものです。ただ、医療者は、この誓いは、あたりまえのようにわかりますが、お金という概念,これが、医療をダメにしてると思うのは、私だけでしょうか?人種や国家や地位ではなくヒポクラテスさんも思いつかなかった、「銭」という考えによる区別や差別や偏見、ヒポクラテスさんは、今の時代を知ったら、自殺しそうに思います

最後にピポクラテスさんに、敬愛の意を表して 

「ヒポちゃん偉い」